■ 「菩提の道場 (愛媛県)」 ■

菩提(ぼだい)= 煩悩を断ち悟りを得る、迷いから目覚める「菩提の道場 (愛媛県)」と云われる。  伊予路に入りました。 発心の道場、修業の道場を経て、ようやくたどり着く菩提の道場は、 豊後水道と穏やかな海の瀬戸内に囲まれ、多くの城下町、由緒ある古い町並みに温泉町がある。  その伊予路には、西日本最高の霊峰石鎚山をはじめとして、多くの山岳霊場もあり、その数は26札所あります。
      自転車遍路旅で菩提します!    

◆5月19日(土)天候 晴れ◆     自転車 Odo 863.4-945.1km (走行キロ81.7km)

昨日宿泊した旅館のホテル部はあまり良くなかった。  7時に出発して56号線を走る。  スローペースから始まり、快適にペダルをこいでゆく。  今日、最初のお寺は80km先の44番大寶寺です。  慣れ親しんだ海岸線から大きく内陸に向かいます。  四国の中央構造線は西日本最高峰の石鎚山を筆頭に山脈が東西に連なっていて、その西方に久万高原は位置する。

午前中は風が無く走行も順調で、平坦な道を快適に走る。  56号線に沿って遍路道があり、国道を走ったり旧道を走ったりしながら身体の筋肉がほぐれ暖まってくるのが判ります。  左背の痛みも大きい動作をしなければ鈍痛ですんでいる。  こんなに快走するのは久しぶりの感じがした。  町中を快走しながら、並行して歩き遍路の人達と元気な挨拶をしてゆく。  標高470mの鳥居坂峠はトンネル(1117m)で通過するから実際には標高470mまで登るわけではない。  それでもトンネル直前までは急登が迫り苦労したが、下りは快走、汗でグショグショのTシャツが乾いていくのがわかる。  トンネルを抜けて西予市から大洲市に入った。

 7時26分
西予市内旧道




 
西予市宇和町東多田付近


鳥坂峠に向かう。

 8時36分
鳥坂峠を通過して快走!




そのまま大洲市内に入り、かねて希望していた大洲城に立ち寄る。 大洲城への登り坂をみて登城を諦めた。  周囲から撮影を重ねて自転車遍路に戻る。 56号線の橋上から再度、大洲城の景観を撮影して半分満足した。

江戸時代から残る台所櫓、高欄櫓、南隅櫓、肱川堤防上にある苧綿櫓が国指定重要文化財で、 天守は本来ならば建築基準法で、木造建築では認められない規模だったが、建築基準法の適用除外が認められ、 しかも内部構造を知ることができる資料が充実していたため、当時の姿がほぼ正確に復元されている。

休憩とともに…

  9時4分

周辺は公園として整備されている。




 
複合連結式の天守群




 

高い石垣


肱川を自然の防備とした城郭。

城郭全体が歴史の宝庫と考えて、再び訪問したい気持ちが強くなってしまった。
 9時10分
遺構の多い城郭(国道56号線の橋上から)


肱川の対岸から

大洲市は松山自動車道が延伸されたから、持参した遍路地図では自分の位置がわからなくなったが地元の人の協力で解決!(感謝!)

今回の遍路で一番の反省は第43番明石寺から第44番大寶寺に向かう途中で、十夜ヶ橋(永徳寺)を知らずに通過してしまった事です。  遍路地図には付箋のメモ書きが添付してあり、その付箋が十夜ヶ橋(永徳寺)の拡大図を目隠ししていた。  大師が修行中に大洲で宿泊を希望したが泊めて貰えず、やむなく橋の下で野宿したという。  橋下での野宿は一夜が十夜にも感じたと歌を詠んだという。  橋下には大師が眠っているから橋を歩く時は金剛杖を突いてはならないという遍路のしきたりもある。  実際、十夜ヶ橋の橋の下には眠る弘法大師像が祀られていると知る。  大洲城の撮影より、もっと大事なものを忘れるとは自分がまだまだ修行が足りないかも!  次の機会にはこの別格霊場にも立ち寄りたいと思う。

大洲市を抜けて松山自動車道が見えてくるとJR内子線と国道が並行して走るようになる。  この付近(十夜ヶ橋(永徳寺))は56号線は大洲街道とも呼ばれ緩やかかな登りが続き、内子町に入る。  内子駅前を通り過ぎると379号線への分かれ道があり、379号線に入ると、すぐ右手に道の駅がある。  道の駅内子で大休憩の予定だったが、自分の持っているイメージと違って一服し、撮影しただけで再スタート。  道の駅は小田川と中山川の合流点にあり起伏のある細長い道の駅で、産直のエリアが広く、近くの人々が買い物で大賑わいです。  ここから379号線に入り小田川に沿ってゆるやかな登り坂を走ります。

 
伊予大洲駅を通過して…


…内子町へ

 10時17分



道の駅内子は大賑わい!

妻と一緒なら喜んでしまうだろう。



小田川

長岡山トンネル、吉野川トンネルを通過し、標高が200、300、400mと急登の走路になり、 度々自転車押しの歩き遍路になる。  長岡山トンネルを出た処にお遍路無料宿がありました。  ちょっと覗いてみると個人の納屋のようで、半分が畳敷になっていて布団も用意されていた。  皆さんの寄せ書きがあり、壁には2泊まで可と記されてあります。  丁度、休憩していた歩き遍路の人が出発する時間でした。  この歩き遍路の人も重装備のリュックを用意していた。  彼らの厳しい遍路に対する姿勢に頭が下がる思いがした。  このような宿が幾つもあるのが四国の人々の遍路に対する気持ちと思う。  大切に利用させてもらい、所有者や次の人にも気持ち良く使うために綺麗にしなければならない。

畑地帯を通る県道にポツンと目立つ看板が目に付いた。  このペースでは夕方の時間帯に大寶寺を打つことになりそうだから、もしかしたら厄介になるかもしれないので看板を撮影した。  緩やかな登りが続き、楽水大師付近は新しい道路ができて柳瀬トンネルに入る。  コンクリートの白さが一際目立った。  柳瀬トンネルを抜けると突合で380号線と分かれ道になり、どちらに進むか迷った。  380号線で行けば新真弓トンネルを通り確実に距離は短くなる。  歩き遍路の点線路をなるべく利用しようと、小田川から離れ、田渡川に沿って引き続き379号線を走ることにした。  吉野川トンネル、落合トンネルを通り、点在する小さな集落を通過する。  田渡川では人を見る機会は少なく、静かな集落に沿って綺麗な水の流れが疲れを癒してくれます。  田渡川沿いの滝ノ上橋休憩所まで行き大休憩をする。 

長岡山トンネルを出ると…

  11時8分






 
長岡山トンネル(通過後撮影)


もしかしたら泊るかも………

 
小田川


柳瀬トンネル

 11時57分
小田川の支流、田渡川沿いの集落


川が綺麗です。

 
遍路指標とは異なる四国自然遊歩道の道しるべ




 
田渡川沿いの滝ノ上橋休憩所で大休憩




下坂場峠は標高が570mあり、そこまでは長〜い、長〜い歩き自転車遍路となる。  滝ノ上橋休憩所で大休憩して地図を確認していたら、夫婦連れの歩き遍路さんに追い付かれた。  旦那さんは遍路姿だが奥さんはハイキングスタイルでチョット違和感がある。  そして奥さんは元気いっぱいだが、旦那さんは結構疲れている様子でした。  「長い道程だから身体の調子に合わせて毎日少しずつ積み重ねましょう!」と談笑して、 WEB撮影の許可を貰ってお互いを撮影した。

この先、大寶寺までの走行ルートを決める。  歩き遍路の夫婦は大師堂からひわた峠を経由して最短距離で向かうという。  距離が短い分、登り降りの厳しいルートだと思う。  私は下坂場峠(520m)、ひわた峠(790m)と連続の峠越えはその時の体力次第で、 大師堂から380号線にでて、伊予落合から33号線で向かう長い距離を選択するかもしれないと話す。  四角形の三辺を走るか、一辺を自転車押しで歩くか、又は45番岩屋寺を打ち、44番大寶寺を打つルートもある。  いずれにしても下坂場峠を歩いて登りながら考え大師堂で判断する。  お互い20分ぐらい休んで出発しました。

 12時46分





 
標高410mの臼杵地点


くねくねした上り坂が続く…

登り坂の標高410mの臼杵地点で歩き遍路道の分岐点で休憩する。  夫婦連れの人は一緒にスタートしたが、 自転車を押しているにもかかわらず、夫婦連れもゆっくりと歩いていたから、後方を確認しても見えなかった。  下坂場峠へ直登するルートです。  道しるべには左が歩き遍路ルートで車は行き止まりの表示がでている。  車のルートはヘアピンカーブの連なる峠越えの道となる。  意を決して大声を出して再度気合を入れる。…「行くぞぅ!」

下坂場峠に到着して小休憩をして一服する。  臼杵地点から峠上まで丁度50分かかった。  ここでどのルートを選ぶか思案する。…自転車で走る選択をして下り坂を快走する。

峠から久万高原町になり、分岐点、宮成の大師堂まで下り坂を走り、さらに下って42号線は380号線と合流した。  所要時間は下坂場峠から13分。  合流点の父二峰地区から久万川に沿って380号線を走り、伊予落合地区の33号線の分岐点にでて喫煙休憩した。  標識に44番大寶寺11km、45番岩屋寺21kmとある。

現在15時19分、44番大寶寺を順打ちで選択して33号線を走る。  緩やかな登り坂だが太ももに力が入らなくなり、時々自転車押しの歩きになる。  久万高原消防署が見えた時はあと半分の思いがした。 あと半分と、やっと半分では気持ちが違う!  民家や商店が見える町中に入り気分的にも楽になった。  大寶寺への入口を見つけた時は、今日は一日中走っていたんだと実感する。

 15時3分
標高570mの下坂場峠


父二峰付近を左折して…

 
伊予落合付近で左折して…あと11kmの標識。

…快走している時はWEB用に意識して停車し撮影するが、登りの道は休憩する度に撮影するから総映像の半分以上が登りの景観が多い。  その為、掲載映像の選択に迷う。

第43番明石寺からの距離は実に80kmにも及び、上りと下り坂が続いて距離があるから自転車でも難所の一つに加えてもいいと思う。  夕方近くになってやっと大寶寺に到着した。

境内には大樹が聳え、標高が高いから空気も澄んでいます。  夕方の時間が影響してさらに幽玄な雰囲気を醸し出しています。  大寶寺を打つと四国八十八霊場の丁度半分にあたり、中札の霊場と云われる。  仁王門に奉納された巨大草鞋は天井で二つに曲がっている超巨大な草鞋でした。  また大師堂は大きく横長の堂宇で登壇も横に設置されていて撮影するのに苦労した。
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■第44番札所 菅生山 大覚院 大寶寺■
     宗 派: 真言宗豊山派
     本 尊: 十一面観世音菩薩
     開 基: 明神右京 隼人
     創 建: 大宝元年(701年)
     真 言: おん まか きゃろにきゃ そわか




第44番札所 菅生山
   大覚院 大寶寺
  16時5分

山門


勅使橋

町は清潔感を感じるイメージがあり、入口の標識を右に入ると正面に木橋に続いて山門がある。  ここをくぐり住宅地を抜けると赤い勅使橋があり、道が二手に分かれ、一方は山に登る道が続いていた。  もう一方の道は砂利道になり、ここはもう境内となる。  仁王門への道は急登の砂利道で、自転車の総重量が重いからタイヤがズルズル滑り、両腕に力を加えて立て直しながら押し上げた。

バスで来た団体遍路さん達と擦れ違い、「この砂利坂を登るの?」と声を掛けられた。  「行けるところまで行く」と答え、砂利道を、自転車を押し上げて、 もう限界を感じて砂利道の曲がり角で、大木を利用して自転車を寄せる。  背筋の痛みが増して、再び自転車をひっくり返したくない。

 
自転車はここでギブアップ!


仁王門

貴重品と納経セットを持参して山内を歩いて登ると、狭い境内で、各堂宇は別々の長〜い石段が続いていた。  峠越えで鍛えた?足は200段や300段くらい難なく登る自信がついています。

会社で勤務していた頃はエレベータばかり使用していたが、今は何とも感じなくなった。  これも自然の中で生かされているかな?  元々長い間剣道をしていたことと、高校3年間は自転車通学して、 子供3人がリトルシニアリーグで硬式野球をしたころから、20年以上指導した経緯が、 1000本ノック、ノックで身体には自信があったが、遍路して改めて持久力に対して歳を自覚した。

 
砂利道が続く


石段を上がって境内に…

 
さらに石段が…


本堂


本堂


大師堂


下って仁王門
納経を済ませて自転車まで戻り、荷物を積み直して町中へ戻ります。  時間は16時を過ぎて、今日はこの町に泊まりたい!

そんな気持ちで下っていくと、歩き遍路の人を追い越すかたちになり挨拶して「今夜の予定は?」 と聞くと民宿に電話して空いていたら泊るが、ダメなら野宿と聞く。

携帯を持っていないので同宿しませんかと声を掛けると了解して貰い、2件の宿に電話してくれた。   そのうち1件がOKとのことで、一緒に泊まることになった。(感謝!)
二人で宿に向かって歩いていると、某高校のラグビー部の部員たちが歩いていた。  国体が近いので合宿中と聞く。  「いい体格をしてるなぁ!頑張れ!」のエール!

歩き遍路の人と自己紹介したら、妻の実家の島をよく知っている広島市在住の人でした。  友人がその島に住んでいて、結願したら帰りに寄る予定との事。  話が盛り上がり、宿についても暫くは瀬戸内海の話が続いた。

予約した民宿は大寶寺に向かって走っている時に、念のため民宿の看板を撮影したが、その民宿だった。
宿について、宿帳に記入し料金を支払い、荷物を降ろしていたら、先程の高校生たちが当民宿に戻ってきた。
なぁ〜んだ!と声かけたが、練習で汚れた若者達の笑顔が印象に残った。

 17時38分
ガーデンタイム




今夜は賑やかになるかな? 松山生協で夕方の特価品とのどごしを買って宿で夕食と遍路日記を書く。  9時過ぎ2度目の大風呂に行ったら湯船は半分しかなかった。  大勢で入ると湯が溢れ、みんなが出ると半分に…。

そんな湯船に身体を伸ばしていると、学生達が4人来た。  今流行のシャワー入浴?  お風呂から上がり着替え室に足を入れたら滑って転んだ!  「おじさん大丈夫?」 学生達が床の濡れている所を拭いていた…。 ありがと。 
左背の痛みが倍増した。 風呂に入って痛みが増えたなんて、中札の霊場で修行してます。

遠い昔、広島の義母の家に9日間夏季休暇で子供達を連れて行き、学校の野球場で野球の試合をして、 打球を胸に受けて肋骨にひびが入り、暫く安静にしたことを思い出した。

滑って転んで…左背の痛みが倍増してきた。      …四国自転車遍路 TOPへ…


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