---遍路について思う事---



…はじめに…
 
四国遍路をしようと思ったのは、社会人として40年以上働き続け、もう定年の時期がまじかに
迫っている時に、何かを再発見したい気持ちが強くなったことである。 三人の息子達も独立し、
それぞれの家庭を持つようになった。 そして我が家も結婚当時の妻と二人だけの生活に戻っ
た。 何か自分の次の目的を見つけるために、何かしなければと思う時が多くなったからである。

何かのきっかけで四国遍路なるものがあると知り、遍路でも、歩き、車、バスツアー、一般交通
と、遍路の仕方にも様々な形があり、自分の年齢と体力なら、どの様な遍路ができるだろうかと
考えた。 そして書籍やWEBで多様な遍路の記事を読み、必要最低限の知識を得たと思う。
そして自分にはどの様な遍路が合うだろうか考え、三つの条件を記した。

  @同じ遍路するなら、通し打ちで遍路したい気持ちが強い。
  A時期をいつにするか?
  B費用はどのくらい必要か?

そして@〜Bの条件は、その遍路手段で結構、幅があることを知る。

「へんろみち保存協力会」発行の書籍を取り寄せて熟読し、そのWEBで年間の遍路者数が10万
〜20万人もいることを知った。 一番少ないのが歩き遍路の通し打ちと云われている。
二番目に少ないのが自転車での通し打ち遍路と知り、遍路手段を歩きか自転車に絞りました。

次に歩いた場合と自転車の場合の日数と費用を概算で見積もった。 特に歩き遍路の人は多く
の人が旅館、民宿、宿坊などに宿泊していることである。 荷物の軽量化を極限にしてリュックの
重量が5〜6kgになるようにして歩き遍路をするという。 一日10000円ほどの予算が必要と知り、
50日ならば50万円用意しなければならない。 明らかに予算をオーバーしていた。 この為、歩き
遍路は二番手として考えた。

自転車の場合はある程度の荷物は積んで移動することができるので、一概に宿泊施設に頼る
こともなさそうである。 昔の遍路は道も宿も不自由しながら、死地に赴く思いで遍路したという
から携帯電話を持たず、俗世から離れた野宿、宿坊泊、通夜堂泊も体験をしたい。

そして自転車の費用はどうか? ママチャリでも可能と云う事を本で知る。 しかし折角、自転車
遍路するならば、遍路後も愛着のある自転車は手放したくない! と云う訳で、少しランクが上の
自転車の見積もりをとる。 自転車遍路で費用の見積もりをして往復の移動手段を再考して、歩
き遍路より低い予算で済みそうだと知る。
遍路後、時期がきたら妻と一緒にもう一度ゆっくり遍路したいので、今回の遍路は自転車遍路で
通し打ちしようと決めた。

東京在住のため、東京から徳島までの移動はフェリーで自転車の運賃も必要経費を見積もる。
天候が良ければ、なるべく野宿して非日常を体験したい! 遍路日数が約3週間、徳島-東京間
の所要日数をプラスすれば、予備日を計算して一か月も見積もれば良いと考えた。 自転車専
用のリュックでなく登山用のリュックを用意し、後は記録用のデジカメ類で約30kgの重量と
なった。 現地で遍路用品の重量が加算されるが、体力と気力の問題と思う。 

購入した自転車で一週間ほど30〜50kmの走行を荒川の河川で走った。 定年退職をして、これ
から妻と二人で残りの半生を過ごしていく為、その第一歩が自転車遍路でスタートします。
そして自転車遍路は総予算を30万円、遍路時期は5月、東京-徳島間はフェリーを利用します。
 
 
 
…私の遍路知識について…
 
 
■四国遍路について
 
四国遍路については、40歳の頃に、知識としては知っていました。 しかし実際にはどの様なもの
かは、漠然とした範囲でしか知り得ません。 50歳を過ぎてから、本や雑誌である程度の知識を
知りました。 そして60歳を過ぎてから、機会あるごとに人と話せる位の知識を持ち得た。
 
 
■遍路の方法
 
 打つとは
昔は札所で巡拝した記録を残すために大師堂や本堂に木製や金属製の納札を打ちつけた慣習
が由来になっている。 現代では木製や金属製の札のかわりに紙の納札を使う。 普通の納札
は白色ですが、巡拝の回数で色のついた納札を使う慣習がある。 5回目から緑、8回から赤、
25回から銀、50回から金、そして100回になると錦という織物のような生地の納札がある。
 
 遍路の所要日数について
個人差、体力差によって異なり、早く回ることは修行の要素にはないという。 自己満足の問題に
過ぎない。 遍路は札所間の空間と時間が修行の場であるから、充分に時間をかけて修行の実
につとめ納得のゆく巡拝を心掛ける必要がある。
 
 遍路の順打ちと逆打ち
1番札所から88番札所を番号の順番に巡拝することをいう。 必ずしも1番から始めなくてもよく
50番から88番、1番から49番と巡拝しても良い。 逆打ちは順打ちの3回相当の御利益、功徳が
あると云われている。 それは道しるべや案内図が順打ちに沿って表示されて不案内の条件が
重なり苦労や困難が伴うからである。
 
 遍路を通し打ちと区切り打ち
全区間を1回で打ち上げるのを通し打ちという。 適当に区切りをして打つことを区切り打ちと
いう。 区切り打ちの最後の札所で終わると、次に再開する時は前の最後の札所に寄って再開
しなければならない。 即ち、大師堂に打ち止めの報告と打ち始めの報告をするわけである。
現代では通し打ちできるのは大変恵まれた条件や環境であると思う。
 
 遍路手段
歩き、歩きでも長距離区間を一般交通を利用する法、自転車、バイク、自動車、バスなど多様に
あり、近年はバスツアーや乗り合いタクシーツアーもある。
…昔の遍路は道も宿も不自由しながら、死地に赴く思いで遍路した事から今の装束がある。 
現代では便利になって目的も手段も多様化して、幅広い年齢層の人々が遍路をしています。
健康な人もいれば、身体の不自由な人もいます。 その人に合う遍路手段があっていいと思う。
 
最後の札所で納経の手続き時に、「結願ですね」と言われた。
最初の札所に戻った時に、納経の手続き時に「御礼詣りですね」と言われた。
高野山奥の院で納経の手続き時に、「満願ですね」と言われた。
 
■弘法大師について
 
20歳代に身内に不幸があり、我が家の家系とお寺の関係、そして我が家の宗教について学ぶ
事が多く、知るチャンスは広がった。 それでも20歳代は無宗教で、関心はあまりなかった。
我が家で法事をする度に、お寺で和尚から弘法大師の話を聞く機会が多くなり、我が家の宗教
だから、自分でも学ぶことが多くなった。 お寺から一度、当寺の総本山へ行くことを勧められ、
奈良の総本山へ参詣した。 和尚から、次は四国の巡礼を勧められたが、その時は、機会が
無いからと断った記憶がある。
因みに我が家の宗教は真言宗豊山派のお寺で、総本山は奈良の長谷寺です。
 
 
■遍路に関係する言葉について
 
@「ひとり遍路同行二人」の言葉は60歳代になって知った。 遍路修行の時、常に弘法大師と
  共にいる。ということは金剛杖が弘法大師様で、歩き遍路に於いて大切なものと知る。
A「お接待」の言葉は無償の行為と思っています。 会社で経験した接待とは意味が違う。
  地元の人が遍路をしている人に、見返りを求めず、食物やお金を差し出す、と考えている。
  四国遍路には、ありがたい風習が存在すると思う。
B四国巡礼の他、全国各地に大小様々な巡礼地がある。 納経の朱印目当てに急ぎ巡る遍路
  は、判取り遍路とかスタンプラリーと揶揄されることもある。 八十八霊場すべてを巡礼すると
  結願と云われる。 高野山、奥の院に参詣して満願成就とする考え方もある。
C現代では、信仰的な遍路よりも、いわゆる自分探し、癒しとしての遍路巡礼が増えたといわれ
  ている。 そのため巡礼の手段も多岐にわたって一部観光化している。
 
 
■自転車遍路をして知り得た事
 
自転車で遍路を始めた最初の頃は全てが初体験で新鮮だった。 2日目から単独行になって本来
の自分探しになっていく。 今日をどうするかは自分ですべてを決断し、良くも悪くも自分で責任を
負う。遍路の途中から遍路に対する考えが変化してゆく。 最初は霊場の数が増えていく楽しみが
あったが後半を過ぎると、後、幾つと数えるようになる。 涅槃の霊場に入ると一抹の不安が次第
に大きくなってくる。 最後の大窪寺に到着したら自分はどのように変わるのか自問自答する。
自分が変われるか不安な一面もあり、その後どうするのか考えるようになった。 遍路を終了し、
暫くすると、再度、遍路したくなると聞いたが本当だった。
日々の記録を整理して自分では区切りをつけたつもりが、また遍路したくなる自分がいる。
 
 
遍路は、四国にある八十八の札所を順番に回り、四国全体を巡礼して、再び元のスタート地点
に戻ること。  弘法大師が四国を巡礼した寺院は歴史も古く、少なからず由緒があることで、
大師の理想を知る事。 そして自分の心の変革を求めてゆく。
霊場をまわり、一時的に現世から離れ、自分の心に素直になれる時間が欲しかった。 遍路は
自分自身の行動が思わぬ所ででてしまう。 そのため四国を巡礼する間は、その地域に即した
マナーが必要と思う。 必然的に日常のマナーが出てしまう処があるが、これはその人の人格と
思う。 日常どこでも、節度あるマナーを考えて行動することが必要と考える。 
特に、自分が人に施した事は覚えているが、施して貰った事は忘れやすい。 この考えを逆にし
たら、自分の人格が向上すると思った。
 
 
■参拝手順について
 
(1番霊山寺に到着して、N僧から直接指導を頂いた。)
その指導で私の実践した事。

@ 門前で身なりを整える
A 門前で一礼。 (自分の訪問目的を心で話す。 八十八寺通して納札の願いをいう。)
B 手水舎で、左右、手を洗い、口を漱ぐ。 (この後、お袈裟をかける)
C 鐘楼で鐘を撞く。 (できない所もある。 忘れたからといって帰りに撞くことは厳禁!)
D 本堂で、蝋燭に火をつけ、その火でお線香に火をつける。 献香し納札を納め読経する。
  (他人の蝋燭で線香を点すと、他人の業が移ると教えられた。)
E 大師堂で、本堂と同じ手順をする。
F 納経所で、納経帳等に納経(ご朱印)をいただく。 (納経の内容で金額が変わる)
G 門前で一礼。
 
 
■読経について
 
初心者で、初めはつっかえて、なかなか読めなかった。 遍路中に、機会ある度に練習したら、
ある程度流れるように読経ができるようになった。 しかし息が続かない時もあり、読経の節回し
がなかなかできない。 要はゆっくりと落ち着いて自分のペースで読経できれば良いと思った。
自宅に戻ってから仏壇に拝し、読経する習慣がついた。
読経後に納札に記した願いを拝す。
(尚、納札に記する願いは八十八寺通して同じ願文とする。)
 
 
■読経の順番
 
@ 合掌礼拝
A 開経偈(かいきょうのげ)⇒「無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇 … 」
B 懺悔文
C 三帰依文(さんきえもん)
D 十善戒
E 発菩提心真言(ほつぼだいしんしんごん)
F 三摩耶戒真言(さんまやかいしんごん)
G 般若心経⇒「仏説摩訶般若 波羅蜜多心経 観自在菩薩 … 」
H 御本尊真言
I 光明真言
J 御宝号⇒「南無大師遍照金剛」(3回唱える)
K 回向文(えこうもん)
L 合掌礼拝
(私は赤字の所だけ、読経しました。 人によって違うようですが、全部読経するには、遍路前に
勉強しなければならない。)
 
 
■遍路用品について
 
これは遍路の開始当日に、N僧と遍路用品の店主から教えて貰い購入したものです。
遍路の途中で、お寺の納経所や遍路洋品店で不足分を補充できます。
事前に購入できるものは、揃えておくと、経費が安くなる。   赤文字は私が購入した品)

  
  
菅笠…

ビニール付きで全天候で使用できる。
(日差し除けや雨天時は両手が使えて便利。)
  
金剛杖…(自転車遍路の為、結願した時に御守りとして購入)
  
架娑(けさ)…

菩提寺で使用しているものでもよい。 私は新しく購入した。
(法衣である袈裟は仏様をお参りする際は着用)
  
念珠(ねんじゅ)…袈裟同様、仏様をお参りする際必要。
  
経本…各札所のご本尊さまとお大師さまにお経を奉納するため必要。
  
頭陀袋(ずたぶくろ)…納経帳、経本等お参りに必要なものを入れます。(防水もあり)
  
鈴…歩き遍路には道中安全や魔除けのために必需品。
  
札ばさみ…納札をいれておく箱です。袋や板状のものもある。
  
納札…



遍路修行の証として、本堂と大師堂の納札箱に納める。 また遍路途中でご接待を受けると、そのお礼として納礼を渡す慣習がある。 遍路回数によって札の色を変える慣習もあります。
納札に記する願文は八十八寺通して同じ願文とする。
  
納経帳…

お経を納めた証にいただく納経(ご朱印)のための帳面。古来より礼拝の対象の為、スタンプラリー帳とは異質。
  
御影入れ…

納経が終わると、そのお寺の御本尊の御影を戴ける。 これを入れる帳面。
  
納経軸…納経帳と同じくお納経(ご朱印)のための掛け軸。
  
白衣(はくえ・びゃくえ)…

着用する物と宝印(ご朱印)を押して貰うものと、2着用意する人が多い。 また、着用する白衣は冬用と夏用のタイプがある。
  
蝋燭…

本堂、大師堂で必要。一つのお寺で2本必要。
(他人の蝋燭で線香を点すと、他人の業が移ると教えられた。)
  
線香…蝋燭で火を点す。 1回で3本、一つのお寺で6本必要。
  
ライターかマッチ…


自分で火をつける。(雨天も考慮)


  
(購入した用品の主な映像) 
 
 金剛杖                菅笠                 防水頭陀袋(納経バック)
 
 納経帳                御影入れ              経本
 
 白衣(着用)               架娑(けさ) 
 
  白衣(宝印用)…正面                白衣(宝印用)…背面











inserted by FC2 system