■ 紀伊山地高野山霊場と参詣道 ■

四国遍路と云えば八十八霊場の札所をお参りすることを云いますが、結願するとお礼参りして満願成就するとあります。  お礼参りは厳密な定義があるわけでなく、1200年も続く歴史の中で、その時代時代に合った作法がおこなわれてきたと思う。
何が正しいかは別として、四国遍路には多様性があってしかるべきと思っています。  特に、近年は遍路の目的も手段も多様化してるから、遍路する人々の心の思いの数だけ満願成就への思いがある。
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◆…金剛三昧院(世界遺産)と国宝多宝塔…◆     

中の橋駐車場のレストランでは1時間ほど食事と休憩を楽しみました。  今日は月曜日で混雑が無いのでゆっくりとしてくださいと言われ、お言葉に甘えてしまった。  レストランを出て参詣道の入口の広場でベンチがあり多くの観光客が休んでいた。  心地よい風に吹かれながらベンチに座り、妻はデザートのソフトクリームを頬張っていた。  苦手なデザートは遠慮してベンチに腰かけていると睡魔に襲われそうになる。  家族連れ、グループ、欧米の人、インド人も参詣道を通るのを見て、高野山が観光化しているのを実感する。

車に戻ると向かいにとめた人がエンジンがかからないと携帯で連絡していた、というより怒鳴っているように見える。  旅先に来て故障とは何とも運の悪い人だと思う一方可哀想に感じた。  暑さの厳しい時間に故障している車を横に見て、まだ訪問していないお寺を見学することにした。

一の橋まで戻ります。
清浄心院


清浄心院車両用入口

奥之院にある上杉謙信廟(国指定重要文化財)は清浄心院が管理している。
清浄心院山門


清浄心院寺坊

 
清浄心院本堂


清浄心院宿坊

清浄心院を出ると密厳院、苅萱堂が見えたので妻と相談。 中の橋駐車場に戻りました。 結局、金剛峯寺前駐車場に戻ってみようという事になり車を移動しました。 満車なら金剛三昧院に帰ろうと思ったが空きがあったので金剛峯寺前に車を駐車して、再度、伽藍の見落としが無いかブラブラしました。  昨日の撮影で気に入らない伽藍撮影を再撮影しながら高野山を散歩しました。 午後3時過ぎにはお寺に戻ろうと話し合って高野山の雰囲気を堪能します。

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■ 金剛三昧院の見学 ■

建暦元年(1211年)、北条政子の発願により源頼朝菩提のために禅定院として創建された 承久元年(1219年)、源実朝菩提のために禅定院を改築して金剛三昧院と改称し、以後将軍家の菩提寺として信仰された。 貞応2年(1223年)、北条政子が禅定如実として入道し、源頼朝と源実朝の菩提を弔うための多宝塔(国宝)を建立した。  鎌倉幕府と高野山を結ぶ寺院であったため、高野山の中心的寺院の役割を担った。

 宿坊の見学
金剛三昧院山門


六本杉(毘張杉)…
金剛三昧院境内に樹齢400年とも云われる杉の大木がある。  根元のほうを見ると3本の木のように見えるが、上にいくと6本に分かれているので六本杉と呼ばれている。  また別名の毘張杉とは、金剛三昧院の守り神である毘張尊師と呼ばれる天狗がこの杉の木に舞い降りてきたことに由来しているそうです。  毘張尊師は火災や盗難除けの神様として、毎年10月10日前後にお祭りする大般若転読法要を修している。

 

六本杉(毘張杉)


多宝塔(世界遺産、国宝)は修復中でした。

多宝塔(世界遺産、国宝)…
多宝塔は仏教建築の仏塔のひとつで、本来の屋根の下に、もう一重屋根を重ねる建築様式で、外観は二階建てに見れるが実際は一階建てです。  高さはおよそ15m。 屋根の一辺はおよそ9m。  多宝塔の内部は須弥壇が設けられ、その前に仏師運慶作と伝えられる五智如来(国指定重要文化財)像が安置されている。

修復中の囲いの枠を通して部分撮影しました。
多宝塔の側面の扉


多宝塔の正面の扉

 



経蔵は多宝塔と同じく、金剛三昧院と改められた時に建立された。  建立は貞応2年(1223年)頃で、建築様式が奈良にある東大寺正倉院などと同じ校倉造りをしていて、 鎌倉時代初期の校倉造りの建立としては現存状態が非常によく、重要文化財に指定されている。  経蔵に近づいて撮影。

 
経蔵


経蔵

本堂の本尊は愛染明王で憤怒の顔を表現している。  愛染明王は人の欲望を悟りの心に変えるという仏様です。  愛染明王の誓願の中に、良縁や安産、子孫繁栄といった、女性の願いごとを叶えてくれるものが多く、子孫の安泰を願う気持ちが込められている。  金剛三昧院の愛染明王像は、源頼朝公の等身大の念持仏で、仏師運慶の作であると伝わる。  本尊の脇には源頼朝公、北条政子、足利尊氏公、足利直義公の位牌が安置されていました。

護摩とは、四所結界を張った護摩壇の中央部に炉を備え、その炉の中に細く切った護摩木を入れて燃やし、 さらに炉の中に様々の供物を投げ入れ天上に運ぶことにより天からの恩恵を授かり祈願が成就されると云う信仰です。  護摩堂に安置されている不動明王は、弘法大師空海の甥にあたる智證大師の建立ののち、重要文化財に指定されている。

千手観音像(重要文化財)とは文字通り、千本の手を持っている観音様です。  金剛三昧院の千手観音像は平安時代末期の建立と云われ、本尊より古いものと見られている。

 
本堂


本堂(本尊は愛染明王)

 
本堂前の庭園


本堂前の庭園

大広間の襖絵(重要文化財)…
室町時代中期に活躍した小栗宗丹が描いたもので、金地著色梅花雉子図と言われる図柄が描かれている。   金剛三昧院の大広間の襖と壁面をあわせ、14面が重要文化財に指定されている。 千手観音像、不動明王像、愛染明王像とあわせてすべて撮影禁止でした。  仕方ないので外観だけ撮影する。

 
寺坊


寺坊

 
寺坊


寺坊の正面玄関(境内から望遠レンズで撮影)

金剛三昧院に宿坊して本堂、護摩堂、寺坊内の多くの処が重要文化財が多く、宿泊予約前には想像していなかった。  とにかく撮影禁止の所が多く驚いてしまう。 それでも文化財の多くをお朝事の終了後にゆっくり見学できることが良かった。  寺坊の正面玄関の映像は境内の外側から撮影したものです。 お寺の人にお土産を貰った感じです。
 
山門と思ったら鐘楼門だった。


金剛三昧院宿坊

鐘楼門は文政年間(江戸時代後期)に建立されたもので、門額には毘張尊と書かれている。  鐘楼は国指定重要文化財で、1207〜1210年の銘が書かれていることから、現存する鐘楼では16番目に古いものと云われている。

 
金剛三昧院宿坊


金剛三昧院宿坊

金剛三昧院鐘楼門を出ると反対側に宿坊があります。  宿坊は木々に囲まれ、雰囲気はお寺の境内に居るようです。  ここの山内地すべてが金剛三昧院で規模の大きさを実感しました。  午後3時過ぎに宿坊に戻り、今日はその雰囲気を楽しもうと云う事で備え付けの下駄を履いて庭を散歩します。

部屋から見える景色も楽しみ、お風呂も一番風呂を…。  そして冷えたビールを飲みながらパソコンを…。  夕方にもう一度お風呂に入り、夕食の時間に精進料理を堪能した。
食後の宿坊内の休憩所で同宿の人々との会話も楽しかった。

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 8月7日(火)8時半 翌日、金剛三昧院を後にして高野山を九度山に向かって下ります。  途中で高野町石を撮影しながら次の目的地は九度山の真田庵です。

真田庵は高野山に向かう時に行ったがオープン時間が9時だったので訪問できなかった。  そのため高野山から帰る時に寄ることにしていた。

冬季は凍結してチェーン規制がかかり、混雑時は九度山から大門まで数珠繋ぎの渋滞になる道は、今日は快晴で車の混雑も無く快適に走ります。


高野町石

 
県道370号線


県道370号線

四国自転車遍路のお礼参りで高野山を訪問し、満願成就して気持ちは一区切り付きました。
この経験をどのように生かしていくか、今後の人生の大切な時期と思う。


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