■ 紀伊山地高野山霊場と参詣道 ■

四国遍路と云えば八十八霊場の札所をお参りすることを云いますが、結願するとお礼参りして満願成就するとあります。  お礼参りは厳密な定義があるわけでなく、1200年も続く歴史の中で、その時代時代に合った作法がおこなわれてきたと思う。
何が正しいかは別として、四国遍路には多様性があってしかるべきと思っています。  特に、近年は遍路の目的も手段も多様化してるから、遍路する人々の心の思いの数だけ満願成就への思いがある。
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◆…高野山大師教会…◆  

壇上伽藍の蛇腹の小道を出ると金剛峯寺の六時の鐘があります。  壇上伽藍のそばに高い石垣にある六時の鐘は、戦国武将福島正則が父母の追福菩提を祈って、元和4年(1618年)に建立された。  毎日午前6時より午後10時まで、偶数時に鐘を打ち時刻を知らせてくれる。

 
六時の鐘の入口


表から見た六時の鐘

 
六時の鐘


常喜院

六時の鐘を見学して高野山マップで次の見学は高野山大師教会へ向かいました。  途中、他の寺院も境内を見学しながらのんびり歩いてみます。  妻も歩き疲れてきたようで、大休憩のタイミングを計らいます。

常喜院の境内を見て回ります。
常喜院は平成の大修理中


常喜院のほとけのみ手

 
星形の石灯籠


本堂

 
大師堂


常喜院の赤地蔵尊、水かけ不動尊、聞耳地蔵尊

常喜院の赤地蔵尊、水かけ不動尊、聞耳地蔵尊は全体が朱色で塗られ目立ちます。  先ずは妻と二人で入ってみると、一願地蔵、水かけ不動尊、聞耳地蔵尊とあり、本尊に赤地蔵尊が祀られ、子供へのお地蔵さんがあります。  妻はお賽銭と同時にお参りしたが何をお参りしたのだろう。 きっと孫たちへのお参りのようです。

 





 





 



高野山大師教会の白亜の門柱

となりの高野山大師教会へ向かいます。  白亜の門柱が引き立つ正面入口です。 ここは高野山真言宗の布教、御詠歌、宗教舞踊等の総本部で、研修会や講習会が開催されています。  今日も講堂の中を信者達が通って行きました。 どういう処か具体的に見たく講堂の中を覗いてみました。  講堂は大正14年(1925年)高野山開創1100年記念として建立され、本尊に弘法大師、脇仏に愛染明王と不動明王が奉安されていました。

境内の右手にある石碑と石塔





 
講堂


本尊の弘法大師

弁財天のある蓮池





蓮池の花がちょうど見頃で何枚か撮影しました。
弁財天融通橋




 



大師教会総本部

 


駐車場そばの六時の鐘、常喜院、常喜院の赤地蔵尊、高野山大師教会と見学して、この一帯は金剛峯寺を残すだけになった。  半日の時間だが高野山の歴史がどういうものか勉強してきたつもりです。

駐車場で大休憩してもう少し見学をしたいと思う。  まだお昼前だが歩いたのでお腹が空いてきたのでどこかで昼食をしたい。
駐車場は満車のままで出庫待ちの車両が連なってはいるが、諦めて別の駐車場を探しに向かう車両もいます。  つくづく早朝に来て良かったと思う。 時々小雨が降り蒸し暑い天候です。 水分補給してお菓子を食べて金剛峯寺に向かいました。



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