■ 岩木山、岩木山神社 ■

道の駅いなかだて弥生の里の夜半は雨が降っていた。 早朝も霧雨の状況が続いている。 広い駐車場から岩木山方向は霞んで何も見えなかった。 天候がだんだん悪くなるようだ。
物産館に荷物の搬入で車の出入が次第に多くなる。 観光予定は岩木山ロープウェー、鯵ヶ沢温泉、深浦の千畳敷、五能線に沿って不老不死温泉に向かう。 初めての訪問だから細かい観光情報はつかめていない。


8時頃、地元の人が道の駅情報センターで寛いでいたので入り、 パンフレットを調べながら今日の旅のコースの観光情報を聞いてみる。 千葉から青森に移住して10年になるという。 今日の天候では岩木山はどうかなぁ? 岩木山神社に行ってみたらと聞かされる。

天候が良ければ早朝出発だが、8時半に道の駅から弘前市街に向かって走行。 弘前市を縦断するかたちで昨日通過した市街を走る。 それほど混雑なく市内を通過するが、いつの間にか雨は止んでいた。 岩木山麓に向かって走り、昨日弘前城から見た岩木山が次第に大きくなり、山体の変化に気が付いた。 山体が次第に変化するが山頂は大きな雲海に包まれ観望は良くない。

市街を抜けて岩木山麓に近づくと頂上は完全に雲に覆われている。 途中、パーキングがあり、ひとまず岩木山を撮影。 再スタートして暫く走ると大きなリンゴ園を見つけ、岩木山とリンゴをセットで撮影したが陽光が無いからリンゴ林は上手く撮影できない。 ならば大きなリンゴを前に、後景に岩木山を撮影したが露出不足で失敗。

 岩木山

リンゴ園


落胆はしたが次の機会をチャンスにしたいと思い直し再スタート。 岩木山神社に到着。神社前は広い駐車場になっている。 9時半に到着したが天候は曇天模様で僅かな雲間から陽光が時々射してくる。 駐車場に車を止めカメラ機材を持って最初の鳥居前に立つ。 思っていた以上の大きな神社です。 大きな鳥居から直線状に伸びる参道が素晴らしい。

一番目の鳥居

三番目の鳥居
二番目の鳥居

左脇に出雲神社の鳥居

直線状の参道をやや登りながら進むと、左手に鳥居を発見。 その奥に神社がある。 この神社は抑奥富士出雲神社と呼ばれ百年碑にはその創建が語られている。 難しい文字と読みにくい所があるが、神祭の式を以って祖先伝来の各霊を祭祀せしむべく、 ここに別社として出雲大神を主神に祀り奥富士出雲神社の始歩を印せしものなりとある。 要するに古くから郷の神社として神祭をしてきて、その後、別社として出雲大神を主神に祀り現在に至るとあった。

 出雲神社 拝殿

出雲神社の全景
拝殿内部と奥に本殿

社務所兼自宅

岩木山神社の参道に戻り、上り坂の参道を進むと朱色の楼門がよく視認できる。立派な建築だ! 左手に守札授与所、右手に社務所が現れる。 参道は上がるように傾斜があるから両方共見上げるような感じです。 社務所前に来ると巫女さんが石段を下りてくる。 とっさに撮影をお願いして映像に残した。 巫女さんがうつむき加減で石段を下りてくる姿が神聖に感じる。

一直線の参道

社務所
守札授与所

岩木山神社正面

社殿は神仏習合の時代の名残が見られる。 鎌倉時代以後の密教寺院の構造の他に桃山時代の様式を思わせるいろどりの絵様彫刻がみられ、 外観が日光の東照宮を思わせるとして「奥日光」とも呼ばれた。 小さいが神橋を渡り楼門前に佇んでみる。 この頃雲間から陽光が射して景観の陰影が濃くなってきた。

創建については諸説あるようで、延暦19年(800年)、東北平定を為した坂上田村麻呂が岩木山頂に社殿を建立した。 その後、十腰内地区(後述するが岩木山観光協会のあった地域)に社殿が建立され山頂の社殿は奥宮とされた。 寛治5年(1091年)、神宣により百沢地区(現在地)に遷座し百沢寺(ひゃくたくじ)と称したのが現在の岩木山神社となった。 岩木山頂に阿弥陀、薬師、観音の三つの堂があり、真言宗百沢寺岩木山三所大権現と称して、地頭や領主に広く信仰されたきた。

神橋

中門(国重文)
楼門(国重文)

拝殿(国重文)

天正17年(1589年)、岩木山の噴火によって当時の百沢寺は全焼するが、以降再建が進められ江戸時代には津軽藩の総鎮守とされた。 代々の藩主により社殿の建立が進み現在の拝殿(当時は百沢寺の本堂)や本殿が再建された。 後で、良く見える所から本殿の姿は瑞垣(国重要文化財)に囲まれ東照宮の本殿に似ていた。 明治になり神仏分離により寺院を廃止、津軽総鎮守岩木山神社となった。

拝殿内に入ると薄暗い中、奥の中央に煌びやかな拝殿がある。 中を見回すと薄暗い端の方に神主が座り受付待機していた。 目が合って拝殿内の撮影許可を伺った。 了解が取れ、中央部を太い柱で遮り拝殿内を撮影。 その旨を話したら旅の目的を聞かれ、映像で綴る旅紀行のホームページの話をした。

本殿(国重文)

御神木と奥宮への登拝道
拝殿内部(国重文)

神撰所

神主と暫く談笑する。 津軽地方の観光ルート、岩木山ロープウェーの運行について聞く。 そんな話をしてるうちに、神主から岩木山の姿について話を聞く。 岩木山は東西南北何処から見ても山体の変化があり、その中で一番美しい姿は弘前城からの姿だという。 そして自分の一番は岩木山神社から見えた姿だと聞かされた。

神主とはいろいろな話を教えてもらい有意義な時間を過した。 岩木山神社は古くから農漁業の守護神として津軽開拓の神として、地元の人々の祖霊の鎮まるところとして親しまれてきた。 そして神社の参道は古来より岩木山の登山道のひとつでもある。 御神木の横から岩木山神社奥宮に至るルートで奥宮は山頂付近にある。

神撰所

末社白雲神社に向かう
瑞垣と本殿(両方共、国重文)

末社白雲神社

神主から直接岩木山神社について説明を受けたことも良かった。 現存する社殿や楼門は江戸時代初期から元禄にかけて津軽藩代々の藩主から造営、寄進されたもので、 本殿、奥門、拝殿、中門、楼門が国重文に指定。 本殿は三間社流造銅瓦葺きで、元禄7年(1694年)に建立され、全体が黒漆塗りという。
拝殿は岩木山噴火で焼失したが、寛永17年(1640年)に津軽藩主によって桁行5軒、入母屋造平入、葦形銅板葺きで百沢寺の本堂として建立された。

楼門は紅がら塗りの唐様で、寛永5年(1628年)に百沢寺の山門として建立された。 上層に十一面観音、五百羅漢が祀られていたが、神仏分離によって姿を消し、下層の両側に随身像を祀ることになった。 その他にも奥門、瑞垣、中門など、この地に来て素晴らしい文化財を見ることができたのは大変良かった。

白雲神社の池



末社 稲荷神社

拝殿を出て石段から右方向に向かった。 こちらには神撰所があり、撮影しながら奥に進むと白雲神社がある。 ここに向かう途中から黒の本殿と瑞垣が良く見える。 ファインダーを覗いていたら久能山東照宮の本殿を思い出した。 これが奥日光と云われる由縁だ! 白雲神社の手前両側に池があり、今日は池も濁っていたが季節が変われば美しい池と思った。

さらに移動すると稲荷神社があり近くに私には読み切れない碑を見つけた。 禊所前には三本の滝口がありシャッター速度を落として撮影したら結構きれいに撮れた。



禊所


社務所裏門

禊所から坂を下る。 ここは車が通行できるようになっている。 この参道を下ると社務所の裏門前に出る。 訪問した時、この社務所の屋敷が気になっていた。 帰路に寄ってみようと裏門から入ります。 門といっても形式的な門で社務所前の庭を見つける。 社務所は入口が二つあり中央の門は小ぶりでお客用の門と思われる。 もう一つは社務所端に大構えの玄関です。 屋根は一重で大構えの玄関の所は建築の仕方が異なっていた。 歴史ある岩木山神社の社務所としては建物もその周囲の景観も立派に見てとれる。

社務所には二つの入口がある

社務所正面入口


社務所の玄関から離れた所に土蔵があった。 後は林が迫り土蔵の土台はこの地特有の高い位置にある。 これで積雪の影響を少なくしてるようだ。 今日は二重扉の外側だけ開けてあり、周囲を回ると窓部の扉は開いている。 この土蔵も結構な年代が経っているようだ。

社務所を出て表参道に出ると、少し高い位置にいるから神社入口方面の一直線の参道を撮影。 神社前の駐車場に戻ったが、車も入れ替わりが多いようだった。 駐車場の茶店で鯵ヶ沢方面にはこの時期、通行できるか聞いたら判らないといわれた。 岩木山の山麓沿いには一回りできる道路があるから、この周回路から鯵ヶ沢に行けると勝手に思った。

土蔵

社務所


参道

■岩木山神社から鯵ヶ沢に…■
このルート上には獄温泉、津軽岩木スカイラインがある。 当初の目的は岩木スカイラインで岩木山山頂だったが、天候は思わしくなく、岩木山頂には分厚い雲海が被っていた。 現在10時20分。 これからルートを走ってみました。 獄温泉はルートに沿って温泉街が並んでいる。 今の時間では閑散としていた。 岩木山を確認しながら30分ほど走るとゴルフの打ちっぱなしの店があった。 岩木山は山麓はそこそこだが山頂は相変わらず雲がかかっている。 山頂の変化が撮影の楽しみだったが、お店の人に聞いたら諦めが肝心と云われ、やけくその打ちっぱなしを1ゲームやった。

ゴルフ場から少し進んで岩木山情報館、物産館があった。 ダメもとで情報館に入った。 同世代の方に山の状況を聞いたら、パソコンで岩木山スカイラインの通行状況、ロープウェーの運行情報を調べてくれた。 岩木山観光協会事務局長小山さんからスカイラインは不通、ロープウェーも不通と、プリントした情報をくれた。 鯵ヶ沢への通行は問題ないと聞いて再出発する。

この付近から反対側に白神山地が良く見える。 天候が良ければ世界遺産を俯瞰したような景観を観れそうだ。 ここは次の旅の楽しみになりそうだ。 付近には展望台レストランのお店が点在していた。

ゴルフ打ちっぱなし場

こんな映像も撮ってみた
白神山地の山並みが展望できる

登りの峠道

山麓の道路から鯵ヶ沢に抜けるには小さな峠を越える。 その後は下り坂が続いて途中で猿の集団と出くわした。 路肩に駐車し望遠で撮影し少しづつ近づいて行くと、賢い猿たちで同じ距離を保って離れていく。 車で通過したら林の中に逃げ込んだ! 鯵ヶ沢の山野は秋の気配で一杯。 朝方より薄明るくなったが雲量は多かった。 時々日差しが通過し期待させるが、それも一瞬の時だけ。

鯵ヶ沢へ向かう景観 登りの峠道

下り坂で猿の集団と出会う



ナビに導かれ鰺ヶ沢町に入った。 海沿いに発展した温泉、漁業の町でした。 弘前の道の駅の情報館にいた人に聞いた海の駅に到着した。 広い駐車場に多くの車が駐車してる。 結構賑やかで旅の感覚が戻ってきた。

車から出たらお爺ちゃんが寄ってきた。 幾つかの質問のアンケートに答えてほしいというので、風が強く寒いので建物の中に入りたいと言って館内でアンケートの協力をした。 今日は時間的に余裕が無いから鯵ヶ沢温泉で日帰り入浴をしようと思ったが諦めた。

峠の頂上付近

後方に岩木山は見えなくなった





鯵ヶ沢の「海の駅」
20分ほどかけて、旅の目的、その予定、コース、使用交通など結構詳細に聞かれた。 別に支障がないから、車中泊の旅を仔細に説明したらお爺ちゃん結構驚いていた。\(*^_^*)/
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