■ 秩父三十四ヶ所観音霊場 ■
いつもなら金曜日の夜半に出発して土曜日の早朝から旅ができるように準備したが、 今回は目的地が近い事もあり土曜の早朝に出発した。
早朝5時過ぎに自宅から関越道の練馬ICに向かうと、ナビから事故渋滞情報が流れてくる。 断続渋滞の様相で関越道を約95q程の速度で走るが料金所を過ぎて渋滞が始まる。 群馬県まで渋滞が続いている。
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…ナビから迂回路の指定があり、鶴ヶ島JCTから外環道へ入り、狭山日高ICから一般道を選択した。 このルートは秩父市に向かう正丸峠経由の一般道です。 40年以上前に会社の先輩達とドライブした時以来の秩父ルートです。 飯能市から秩父へ走る一般道は早朝のため快適に走行。 正丸峠を越えるために三つのトンネルを抜けて最終目的地、道の駅ちちぶに到着したのが8時40分だった。

秩父三十四ヶ所観音霊場の旅は道の駅ちちぶを拠点として自転車巡礼します。 自転車は両車輪を本体から外して愛車の後部トランクに収納した。

 8時45分撮影 早朝の道の駅ちちぶ 駐車場の端に駐車

■ 2月 4日 第1番札所 四萬部寺 〜 第2番札所 真福寺 (天候 晴)

自転車の組み立てはバスタオルを敷き、車体をひっくり返し両車輪をセットする。 後輪はチェーンを軍手で外しタイヤをセットする。 約5分ほどで完了! 国道140号線は秩父市街を熊谷方面から山梨側に横断してる幹線道路です。 その国道に道の駅はあり、ここから花園IC方面に向かうかたちで歩道を進む。 愛車を傷めないよう歩道をゆっくり走行する。

8時52分
自転車巡礼スタート
国道へ向かう

秩父警察署前
国道140号線

秩父警察署前通過

大野原駅前を通過し国道140号線の交差点(定峰峠方面)で1番札所の案内板を発見。 出発前に車の外気温が0度と表示され、自転車走行すると冷風で目から涙が流れ出て文字が読めない苦労がある。 走行中の体感気温は氷点下の様で射すような寒さを感じた。

9時 6分 国道から定峰峠方面へ右折… 発願寺の第一札所への案内

国道から外れると道路状況は良くない。 凸凹の舗装路を走り、行き過ぎたと思って通りがかりの人に聞いたら、やはり案内を見落とした。 案内板は反対向きだった。 四萬部寺の門前に古風な家屋があり確認したら「旅籠 一番」とあり宿泊施設だった。

定峰峠方面に向かって…

右方向に下る(左方向は駐車場)
折り返して戻る時に案内を発見

四萬部寺前の「旅籠 一番」

山門を撮影し自転車を担いで石段を上り境内に入り、納経所前のベンチに自転車を置きリュックも降ろして境内を撮影しながら見学。 空気が澄んで真っ青な青空が眩しい。 10時前の静かな境内には数人の訪問者がいる。 四萬部寺の開創について秩父観音霊験記によれば、寛弘四年(1007年)播磨(播州)書写山性空上人の 「武蔵国秩父は観世音菩薩有縁の地なり、彼の地に行きて教化せよ」と師の命を受け 弟子幻通はこの地に至り里人を教化し朝夕妙典四萬部を読誦し供養を行って経塚を築き秩父第一番の霊場としたという縁起がある。

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■第1番札所 誦経山 四萬部寺■
   宗 派: 曹洞宗
   本 尊: 聖観世音菩薩
   開 基: 幻通
   創 建: 寛弘四年(1007年)
   真 言: おん あろりきゃ そわか
   御詠歌: あがたや 一巻ならぬ 法のはな 数は四萬部の
        寺のいにしえ
 9時29分 自転車を担いで山門をくぐると… 四国遍路と同じ愛嬌ある小坊主さん!

納経所で納経帳と納札を購入し巡礼の開始。 納経所内で納経帳を購入したらすでに納経印されていて日付だけ書き入れて終わり。 納経所内の撮影許可を戴き、撮影してたら老年の夫婦連れが入ってきて、納経帳をどれにしようか会話している。

巡礼用品を購入 納経準備でお買い物中 納経所の景観

四萬部寺の寺名は幻通が4万部の仏典を読経して経塚を築いたことに由来している。 境内に新しい八体の守り本尊像(千手観世音菩薩、虚空蔵菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、勢至菩薩、大日如来、不動明王、阿弥陀如来の菩薩像)が並んでいる。 自分の守り本尊を探してお詣りすれば所願成就の御利益がある。

袈裟懸や白衣は文字が違うだけ

鐘楼
庫裡

八体の守り本尊像

境内に比較的新しい納経蔵がある。 これは四萬部寺の縁起に因み一般から写経を募り、写経四万部をここに奉納するという。 そして納経蔵の前に功徳石があり、これは石柱上部の中央に回転する石があり、ここに七観音の梵字が彫ってある。 これを回しながら観音様を念じながら石を回すと御利益がある。

納経蔵 納経蔵

山門の真正面に銅瓦葺きの本堂(観音堂)がある。 木造建築の美意識を感じさせてくれる気品のある本堂です。 四萬部寺は発願の寺、本堂は1697年(元禄10年)に建立され、正面欄間の地獄極楽の彫刻も見事です。 本堂で読経開始! 開経偈、般若心経、観音経の読経は結構時間がかかった。 別に急ぐわけでないからゆっくりと読経して満足を得られた。

本堂(観音堂)

本堂に掲げられた絵馬
本堂向拝の建築模様

功徳石

本堂の右側に施食殿と書かれたお堂がある。 このお堂、周囲の囲いが無く吹き抜けになっている。 中央部に八角形の回転輪蔵の厨子があり、中に施餓鬼者の牌があった。 施食とは亡くなった人等があの世で受けている苦しみを救うための法会です。 毎年、8月24日に施餓鬼会がここでおこなわれるという。 関東三大施餓鬼のひとつで多くの人々が集まるという。

施食殿 施食殿

四萬部寺の縁起である幻通が法華経四万部を書写して読誦した書が地中に納めた経塚がある。 その経塚が復元され、発見され買い戻した釈迦如来像がその上に安置されている。

復元された経塚と釈迦如来像 本堂の後に水子地蔵身代わり供養塚

一番札所から二番札所に向かう。 納経所で貰った周辺地図が頼りだ。(秩父34霊場概要図と近隣の案内図) この先を進んで小川を渡り、突き当たりを左折する。 札所めぐりの道しるべは古い石柱から新しい道しるべ、判りやすい案内板と時代の流れを感じる。 これも人々の取り組みが長く続いている証で嬉しい。

 10時13分 江戸巡礼古道を…

札所めぐり 道しるべ


ここまでは自転車に乗れたが、この先道路工事だった。 砂利道になり、その先は登坂が山林の中に伸びている。 工事前で歩き巡礼者に挨拶して追い越して進んだ。

如意輪様を確認して左に進む 歩き巡礼者

…が、すぐ自転車押しの状態になった。 四国自転車遍路の登坂と同じ状態になった。 おまけに舗装はひび割れが多く、車輪が亀裂の中に入って自転車押しも楽ではない。 しかしこうなることは覚悟していたし、これも修行と考える。 暫くして歩き巡礼者に追い越された。

高篠山へ登る巡礼古道には残雪が… 道路工事中区間

巡礼路は林の中に入ったが、そのうち汗が噴き出してきた。 手袋は収納してヘルメットも取りリュックに括り付けた。 タオルを頭に巻いて再び自転車押し再開。 暫くして、今度は若者が自転車押しの状態で追い付かれ、抜かれてしまった。 前方に歩き巡礼者、自転車押しの若者、そして私が最後に続く。

険しい山道

林を抜けて休憩時に後ろを振り返ると長閑な秩父の山々を見ることができる。 そして青空が気持ちを和らげてくれる。 自転車押しの若者が再乗車しようと試みたが諦めた。 道路の日陰の処に雪が凍結。 後からエンジンの音が聞こえ振り返ると軽乗用車、道路端に寄ると挨拶して通過していった。 やがて札所二番の看板を遠目に見つけて安心。 ここは大棚という集落だった。 約1qを自転車押しの状態だった。

休憩時後ろを振り返ると秩父の山々が望める

乗ろうとして諦め、手押し状態の若者


札所二番の看板

真福寺は多くの堂宇があったが1860年(万延元年)に火災で焼失した。 現在の観音堂は1903年(明治41年)に入母屋造銅葺屋根で三間四面の素朴な造りで再建された。 昔、大棚禅師が岩窟で参禅してる時に老婆が縋り、堂宇を建立したのが始まりという。 観音堂の左手に桃色の梅が少しだけ開花していた。

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■第2番札所 大棚山 真福寺■
   宗 派: 曹洞宗
   本 尊: 聖観世音菩薩
   開 基: 大棚禅師
   創 建: 1903年(明治41年)再建
   真 言: おん あろりきゃ そわか
   御詠歌: 廻り来て 願いをかけし 大棚の 誓いも深き 谷川の水
広い駐車場前から石段を上がると…

さらに狭い石段をつづら折りに…
大棚救世観音様が迎えてくれる

本堂への登り口の石段を上がると大棚救世観音像がある。 自転車押しで登ってきた私にとっては心が和らぐ観音様です。 つづら折りの石段を上がると岩壁に僅かな平地があり観音堂が見えた。 横に廻ると極彩色の絵馬が飾ってあり、綺麗なので撮影。



桃色の梅が開花して観音堂が華やか
観音堂

絵馬も新しく鮮やか


1番札所から2番札所に来る時に出会った徒歩巡礼者はいなかったが、自転車巡礼で先に行った若者とは境内で擦れ違った。

自転車はレンタル自転車だった。 目礼して擦れ違ったが、彼は何を祈願して巡礼してるのだろうと気になった。 私にとってすごく違和感があったから…。
人それぞれの悩みは誰にでもあると感じた。

ここは堂守が居ないので、開経偈、般若心経、観音経25偈を読経して、納経所は麓の光明寺に向かう。


駐車場には私と若者の自転車だけが…
 11時18分


高篠山を反対側に下りて行く。 結構な急坂で、つづら折りで、舗装が良くないからブレーキを掛けたまま、歩きと同じくらいの速さで下りて行く。 秩父の霊場が「そんなに急ぐでもなかろう」と、語りかけてくれるようだった。 路肩に残雪があり、小川と一緒に水の流れと一緒に麓に向かっていく。 麓に下りると民家に白梅が開花。 寒さで痺れた指先でシャッターを押す。 もうすぐ春だ!





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■第2番札所納経所 向嶽山 光明寺■

光明寺の発祥は桓武平氏の始祖となった高望王の弟である恒望王が807年(大同2年)当地で逝去した邸跡に王の冥福を祈った祈願所の光明庵から始まった。 開放的な境内で人を惹きつけやすい寺院の印象です。

光明寺正面 鐘楼

真言宗の寺だったが、武蔵七党の丹党が1318年に鎌倉建長寺により寺を整備して光明寺と改称した。 その後、戦国時代は衰微したが1587年(天正15年)郷党によって新たに開山して曹洞宗の光明寺になった。 光明寺は武甲山に相対していたため山号を向嶽山という。

本堂

納経所横に蝋梅
納経所で筆入れ時を許可を貰って撮影

納経所で正装した年配者から納経を戴く。 筆の運びが素晴らしい、素早くデジカメを取り出し撮影許可を頂き、筆運びを撮影。

本堂横にある蝋梅が見頃の時期で撮影。
この映像を見ると同じ秩父の宝登山の蝋梅を思い出す。
オートバイで来た若者が納経後に境内を撮影していた。 この若者もバイク巡礼者だ!

丁度12時になった。この後、第3番札所岩本山常泉寺に向かいます。

蝋梅が青空に映える!

でも初日から太ももが張ってきた。 5年前の四国自転車遍路と違っていることを実感する。 筋力が落ちていることを実感したが「負けて堪るか!」の思いが強まった!

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