■ 秩父三十四ヶ所観音霊場 ■

秩父周辺は両側を山々に挟まれ、その間を国道140号線が埼玉から山梨に伸びている。  秩父三十四ヶ所観音霊場は市街地から山々に点在する霊場です。  山と谷の間を縫う様に江戸巡礼古道があり、舗装路が剥がれたり、ひび割れたり、亀裂のある舗装路と砂利道で、石段にも苦労した。  しかし巡礼古道は秩父の山村の風景も楽しめる現代人にとっては癒し効果のある巡礼路です。
さらに極寒の時期の2月に巡礼することで、「負けて堪るか!」の意思で自転車巡礼をした。

帰宅して翌週の準備をしておこうと、居間で荷物の準備をしていたら妻から自転車巡礼の様子を聞かれた。  道の駅に車中泊する時に、近くに日帰り温泉があるともっといいね! などと話していたら妻から私も一緒に連れてってと云われた。  遍路も巡礼もお寺での所作はそれほど変わらないから一度自分の目で見て体験したいという。  私としては遍路や巡礼について、知ってもらうには丁度良かったので今回は妻も同行することになった。

前回まで道の駅を起点に自転車巡礼をしたが、今回は車で巡礼することになった。  巡礼の残りのお寺は山々に点在するから自転車にとっては過酷な巡礼になると覚悟していたが、一転して移動が楽になる。 

…と云う訳で、出発もいつもと同じでルートも高速を使わず飯能市、正丸峠経由で走行する。  目的地はいつもと同じ道の駅ちちぶに立ち寄り早朝の缶コーヒーを飲む。  妻は持ってきたパンで朝食した。  30分ぐらい散歩して第30番札所法雲寺に出発する。  残りのお寺は5寺で、すべてナビに登録しておいた。  今日も天気が良く青空が巡礼日和となり気持ちがすがすがしい。

 
秩父市内を山梨方面に…


…市街地を抜けると山々が迫る。

 
荒川に架かる橋から…


…荒川の景観

道の駅ちちぶから第30番法雲寺まで約20q。  自転車ならば山梨方面に向かう道だから上りが多い。  とても一日では回りきれないだろう。  今回は車だから30分も走れば目的地に到着するだろう。  途中で経路を撮影しながら法雲寺に向かう。  山寺だから当然、道路は細く凸凹の状態が多い。  対向車が来ない事を祈りながら山道はゆっくりと進んだ。

やがて更に細い路地に入る手前で秩父鉄道の踏切を渡る。  すると白久駅前を通った。  秩父のローカルな駅舎は小学生頃の東武東上線の駅舎を思い出させてくれる。  ここから山側に向かって路地を進むと法雲寺だ。

 
左折して…


…秩父鉄道の踏切を渡る。

 
秩父鉄道の白久駅


路地を登って行くと駐車場。

 
駐車場から山寺の雰囲気タップリに…


…いつの間にか境内に入っていた。

法雲寺は山裾に沿って境内が広がり、緩やかな坂を登ると右手に本堂が見えてくる。  廻りを林や四季折々の花樹に囲まれ、妻は初めての巡礼に緊張してるのか無口になっている。  石段の方に向かうと上方に観音堂が見える。  石段の手前には池があり小さな庭園の様に手入れされている。  その横に庫裡が建てられ雰囲気最高です。
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■第30番札所 瑞龍山 法雲寺■
     宗 派: 臨済宗建長寺派
     本 尊: 如意輪観世音菩薩
     開 基: 道隠禅師
     創 建: 1319年(元応元年)
     真 言: おん ばらだ はんどめい うん




境内は山裾に沿って広く、周囲にサツキ、アヤメ、ツツジなどが植樹されている。  庫裡に納経所があり、ここでご朱印を貰う事を妻に説明する。  巡礼の手順を説明しながら池の景観を眺める。  この池は心字池と呼ばれ池の形に造ってある。  山からの水を引き入れ手入れが素晴らしい。  池の向うに小さな石橋があり、渡ると石段が上方に一直線に向かう。

 
この付近から境内に入った感じです。


緩やかな坂を上ると…

 
石段と…


…庫裡方向に分かれる。

観音堂は方形屋根で、三間四面の朱塗りの堂宇です。  本尊は秘仏として厨子の扉は閉めてあった。  如意輪観音について寺伝では1319年(元応元年)に鎌倉建長寺の導隠禅師が唐朝の楊貴妃の冥福のため彫刻し不空三蔵が開眼したと伝わる。  高さ39pの如意輪観音像は片膝を立てた金色色という。
観音堂の手前でロウソクに火を燈し、お線香をあげる。  開経偈、般若心経、観音経を読経する。  妻は後ろで私の仕草を初めて見て黙り込んでいた。

 
石段の先に観音堂


心字池から眺めた観音堂

 
観音堂


観音堂の向拝の装飾

 
石段から見える境内


この時期はこんな花樹が咲いていた。

 
この時期はこんな花樹が咲いていた。

納経所に入って御朱印を貰い巡礼の手順が大方終了した。  これを撮影しながら巡礼することを話した。

法雲寺には珍しい納札が残されている。  全国的にも珍しい木の板に刻印された納札が現存しているという。
駐車場に戻ると、入れ違いに車が入ってきた。  路地から駐車場に入るのに道幅がないから苦労していた。  下車してきた一人の男性に軽く会釈して出発した。

所々で妻が助手席から撮影してくれる。  揺れる車内から撮影するから半分はピンボケになっているが、この途中経過が判らないと次の訪問地を想像できない。  第31番札所観音院は秩父ミューズパークよりさらに山野の奥にある。  丘陵を幾つか乗越えて約20qを走った。  途中で幾つかの起伏を通ると、今回車で来て良かったと思った。  自転車なら1日で2、3寺しか巡礼できないだろう。

 
左方向へ…


丘陵地を抜けて…

 
トンネルを抜けて…


また丘陵地になった。

志賀坂峠に通じる国道299号線を進んで、栗尾地区で第31番札所観音院の看板を見つける。  ここからは道路が狭くなり観音山に向かうようになった。  擦れ違いが難しそうな小さなトンネルで一時停止し、対向車が無い事を確認してライトを上向きにして通過する。  山道を走り切った所で道路は通行止めになる。  駐車場には数グループの人がいて結構多かった。  車も10台以上駐車してある。

 
観音院の看板を右折…


道路が狭くなった。

 
トンネル手前で一時停止…


トンネルを抜けるとさらに狭い道路

この先道路は行き止まりで登山道になるようです。  駐車場の手前に観音院の入口がある。  雰囲気から山寺の様相で、妻が身を引いた印象を受けた。  トランクからハイキングで使うステッキを取り出して準備する。  妻も覚悟を決めたようで、四国遍路ではもっとすごい石段があるから予行練習と思った方が良いと説明する。
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■第31番札所 鷲窟山 観音院■
     宗 派: 曹洞宗
     本 尊: 聖観世音菩薩
     開 基: 
     創 建: 
     真 言: おん あろりきゃ そわか




観音院の仁王門の前に小川があり小さな橋を渡る。  仁王門は大きな特徴がある。  朱色の簡素な囲いに囲まれた仁王像は台座も含めて4m以上はあった。  それも荒削りの石像で印象に残る仁王像だった。  そして仁王門の裏に大小の木杖が傘立てに用意してあった。  観音院住職の心配りだ!  妻が思わずニッコリしていたので、一安心!

 
道路は行き止まりで右手に駐車場が…


小川に架かる橋を渡り…

 
印象に残る仁王門をくぐると…


296段の石段

 



仁王門から先は急な石段がつづら折りに続いている。  どのくらいあるか判らないからかえって楽だ!  石段の登り口にある句碑に「石段296段、般若心経276文字、廻向文字  階段はお経の数に合わせてあります。  お経を唱えながら登って下さい。」と記されてあり苦笑してしまった。  不揃いの石段だが両側に巡礼者たちが寄進した句碑が数多くあった。  古いものから新しい句碑まであり、岩石をくりぬいて中に石仏が祀ってあったり、十二支霊場の菩薩像も祀られていた。

仁王門から同じ老夫婦連れと一緒にスタートしたが、お父さんがお母さんに何かブツブツ言っていた。  そしてお父さんは足早に石段を登って行く。  お母さんは私達に、「足が悪いからスタスタ歩けない」と言いながら自分のペースで上がっていく。  私も撮影しながら妻のペースに合わせてゆっくり上がる。

 
寄進された句碑が…


岩に囲まれた石仏

 
十二支霊場の菩薩像


岩に囲まれた石仏

 



上方に堂宇が見えてきた。

不揃いの石段もようやく最終段階で、上方に堂宇がチラチラ見えてきた。  観音院の境内に足を踏み入れると三方を岩壁に囲まれ猫の額の様に細長い境内が奥まで続いていた。  老夫婦連れは観音院に来たわけでなく観音山へのハイキングだった。  そういえば駐車場にあった車の数からハイキングと参拝と別れているようだった。  勿論、ハイキングの人々も安全を祈願して向かう人もいた。

境内の一番広いエリアに高い岩壁を背に近年、再建された三間四面の観音堂がある。  よく見るとコンクリートで建てられていた。  本堂正面に見て、左手の岩壁上方には、大きな亀裂の内部に弘法大師像が祀られている。  まるで観音堂を守護する形で見守っている。  この様な亀裂は大小様々あり、何かしらが祀られていた。  秩父三十四観音霊場は30番札所から、それぞれ特徴あるお寺が続き楽しみになった。

 
ようやく境内にたどり着く。


鐘楼

 
石仏群



岩壁の裂け目に弘法大師像


観音堂

境内に入り最初に納経所で観音堂のお話を聞くことができた。  境内を端からスタートして一つ一つ熱心に説明してくれる。  そのお話をレコーダーのSWを入れて、且つ聞き逃さないように妻と二人で同行した。  観音堂の本尊は聖観世音菩薩像で行基作と伝わるが、将門の乱で所在を失った。  その後、畠山重忠がこの地に狩に来て、梢の鳥の巣に矢を放ったが跳ね返ってきたので家臣に調べさせたところ、 巣から所在不明だった観音像が見つかったという。  それによりここに堂宇を建立して聖観世音菩薩像を祀ったのが観音堂の始まりと伝わる。

岩壁の亀裂部のアチコチに大小の石仏が見られる。  観音堂の右奥に進むと弘法大師堂がある。  さらにその奥に狭い境内が伸びている。  最奥に納経所があり、前に慈母観音像や高桑■更(■:門構えの中に東の文字が入る)の句碑が並び、狭い境内に小さな堂宇や仏像が数多く祀られている。

 
岩壁の亀裂


高桑■更(■:門構えの中に東の文字が入る)の句碑

 
弘法大師堂


慈母観音像

納経所の左横から観音山、奥の院に続く登山道が伸びていた。  その岩壁に新生代第三紀(約2000万年前)の地層が露出している。  案内には花崗岩質砂岩と礫岩の互い層、ノジュールも見られる。  大学時代の授業で地質学を学ぶため千葉館山で地層について学んだことを思い出した。  真近で見れる地層はラインの層が美しく、この層がどの方向に続いているか興味を持った。  登山道は観音山へ続き、その途中に奥の院への巡礼路がある。

 
納経所


新生代第三紀(約2000万年前)の地層

 
登山道は観音山、奥の院への巡礼路


納経所の横

観音堂の左奥にある岩壁に向かう。  高い岩壁から一筋の聖浄の滝が流れ落ちている。  50m以上ありそうだ。  滝下は池になっていて池の右手岩壁に不動明王が祀られている。  境内を見下ろして観音院を守護してるようだ。  昔は修験者が聖浄の滝に打たれて荒行をしたと伝わる。  近くに地蔵尊も祀られ数多くの地蔵が並んでいた。

 
納経所前から鐘楼方向


観音堂の前に手水舎と磨崖仏の入口

 
岩壁から一筋の聖浄の滝が流れ落ちている。


不動明王像と下に地蔵尊

■爪彫りの磨崖仏像…
境内の岩壁のいたる所に磨崖仏と呼ばれる千躰仏が見ることができる。  奥の院に向かう途中の岩壁にも石仏があり、その数、108000躰の石仏があると云われている。  奥の院に向かう途中には、矢抜き穴遠望かご岩、見晴らし台、宝篋印塔、芭蕉の句碑、弘法大師像、石仏群、かぶり岩等のミニ周遊コースが案内されていた。

 
磨崖仏入口


岩壁に何列にも並んだ磨崖仏

 
爪彫りの磨崖仏像


爪彫りの磨崖仏像

聖浄の滝の左側岩壁には弘法大師が一夜にして彫ったと伝わる千躰の磨崖仏がある。  納経所の人に説明を受けるまでは視力が悪いから自分では判らなかったが、説明後、目を凝らして斜めから見ると一躰一躰がハッキリ見えた。  正式名称は鷲窟磨崖仏と言い埼玉県の文化財に指定されている。  長い年月で岩壁に彫られた磨崖仏は良く見ないと確認できなくなっている。  映像に残そうとフラッシュを使用したりして撮影モードを変えて十数枚撮影してみた。  その中から2枚を掲載しました。

 
宝篋印塔(江戸時代に地元の名士が奉納)


宝篋印塔前で上を見上げた景観

説明を受けて感謝の意を伝えて観音堂で開経偈、般若心経、観音経を読経した。  境内には人が少なく、いつもより声を大きくしっかり読経できた。  妻は休憩処でのんびりしている。  静寂な境内から再び石段を下りて行く。  下りる方が足元には注意が必要だ。  駐車場に戻り、妻は巡礼に興味を持ったようだ。

 
赤い欄干の橋


気温も上がり窓を開けて、空気が美味しい!

 
法性寺の看板を確認して右方向に

往路を戻る形で次の32番札所法性寺に向かう。  来る途中で気が付いた赤い欄干の橋を渡る時に撮影。

小鹿野バイパスに出て小鹿野警察署を通過してUターンする形で津谷木橋を渡り、狭いが綺麗な道路を走る。  ナビに導かれて約12qの山村地帯を走行し、法性寺の看板を確認して右方向に走る。
暫く走ると正面に法性寺の正面が見える。  その手前に駐車場があり車を入れたが、すでに6台の車が駐車していた。  その中で観音院で見かけた車もあった。  後を追いかけてるようだ!  法性寺は岩船山を背にする山寺で、門構えは鐘楼門です。  門の2階部分に鐘楼がある。  門の両側に格子に囲まれた仁王像が安置され、扁額には般若山と記されている。

門をくぐると、石段が続き上にあがって境内に入ると本堂があり、その先は奥に岩船山の中程に細長い境内が続いている。  更に境内の奥に石段が隠れているが観音堂が岩壁に寄り添うように建立されている。  途中の大岩をくぐって岩船山の頂上まで登ると奥の院がある。  奥の院からの眺めは良いと聞いたが今回は行かなかった。  納経しない人で観音堂、奥の院に行く人は300円の拝観料が必要になる。
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■第32番札所 般若山 法性寺■
     宗 派: 曹洞宗
     本 尊: 聖観世音菩薩
     開 基: 
     創 建: 
     真 言: おん あろりきゃ そわか




 
鐘楼門


すぐ石段が続く。

 
石段の途中にある観音像


石段の途中にある燈籠

 
本堂


御守り類の販売所

 
本堂の一角に納経所


本堂の先、観音堂に向かう時、右手に子供を抱いた観音像がある。  これは子供の無事成長を願う観音像です。

 
百観音(西国、坂東、秩父)の御砂踏


観音堂に向かう途中、トイレもある。

 
さらに石段はつづら折りに続いた。




 
まだまだ続く


観音堂に向かう途中に、大岩に囲まれた狭い通路がある。  この先はお船観音(奥の院)がある。

やっとたどり着いた石段の手前で見上げると舞台造りの形の観音堂が現れた。  まさに岩壁から張り出した観音堂です。  観音堂は1707年(宝永4年)の建立で行基作と伝わる本尊の聖観世音菩薩像です。  舞台造りの堂宇は方形屋根、三間四面で内陣があり、外側は吹き抜けになっている。

 
見上げる形で…


…観音堂が建立している。

 
観音堂には左手の岩壁に造られた石段を…


…岩壁に沿って観音堂の横から入る。

観音堂の外陣正面は格子状の扉があり中が良く見えなかった。  しかし子供に関する衣装や千羽鶴などが所狭しに飾ってあった。  外陣を回って奥に向かうと、岩壁に小さな堂宇が造られ、ここに聖観世音菩薩像、幾体の石仏像が祀られていた。  陽光が無いから洞窟内の様相で静寂感が漂っている。  そこに若いカップルが追い付いてきて外陣正面でお詣りしている。  妻は人がいることで少しは安堵してるようだ。

ここで開経偈、般若心経、観音経を読経する。  岩壁に反響して自分でも驚くほどきれいな声に聞こえた。  若いカップルは驚いて退散していったと、後で妻に言われた。  暫く滞在したが肌寒くなり本堂に戻った。

 
観音堂外陣正面


奥に向かう。

 
聖観世音菩薩像と石仏像が祀られていた。


観音堂の外陣から見下ろす。

 
観音堂真下


納経所に向かう。

本堂で開経偈、般若心経を読経し納経所で御朱印を頂く時、奥の院のお話を聞かせてもらう。  奥の院はお船観音とも呼ばれ、観音堂に向かう途中の大岩の洞門をくぐり山腹に沿って山道を進むと、 お船観音像と大日如来像が安置されてる奥の院に到着する。  途中に鎖場もある険しい山道だが、周辺を見渡せるからすがすがしい気持ちに慣れると聞いた。

そして納経所前の奥の院遥拝所から岩上の観音様を拝することが出来ると聞いた。  よく見ると、すぐそばに足型が置かれ、奥の院遥拝所の立て札があった。  妻と顔を見合わせて思わずにっこり、足型にのって山の上方を見ると奥の院が見えるではないか!  交互に手を合わせて合掌する。  お寺の人に再度お礼を言って、次の33番札所菊水寺に向かうことにした。

 
納経所前の奥の院遥拝所


奥の院

法性寺の鐘楼門に向かって石段を降りていくと、巡礼の集団が到着して賑やかな声が法性寺に木霊している。  巡礼者の男性たちが鐘楼門の鐘を衝きに横の階段を順番に上がっていく。  山裾に鐘の音が次々に響いて木霊している。  心地よい音色で気持ちが洗われるようです。

法性寺から菊水寺まで約8qをナビは赤平川に沿って田圃や畑地の広がる道路を走ると、ほどなく道路のカーブ地点で菊水寺の道標を見つけた。  反対側が砂利の駐車場になっていて、見つけると同時に駐車場に滑り込んだ感じだ。  後続車が勢いよく追い越していった。  参道の入口両側に石柱が建てられ大桜山長福寺と彫られている。  側面に延命山菊水寺と彫られていた。  長福寺と菊水寺。  かつて小坂下にあった当時、菊水寺を管理していた別当が長福寺だという。  1569年(永禄12年)に武田信玄の侵攻によって本尊が長福寺に移されたと伝わる。
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■第33番札所 延命山 菊水寺■
     宗 派: 曹洞宗
     本 尊: 聖観世音菩薩
     開 基: 
     創 建: 
     真 言: おん あろりきゃ そわか




 
菊水寺の入口(参道左手に自転車が…)




駐車場から菊水寺の真正面の撮影をした時、参道の一点に自転車が置いてあるのに気が付いた。  撮影後参道を進んでいくとやはりスポーツ自転車が置いてある。  と云う事は誰かが先着してるということ。  真正面の堂宇前に自転車スタイルの若者が一人佇み撮影していた。  どうやら私と同じスタイルで秩父巡礼してように見えた。  妻に、こんな感じで私も巡礼していたと話す。  若者は撮影に没頭してるようで、私達には気が付かず堂宇の横奥に向かった。

我に返って撮影開始!  本堂の右側に庫裡がある。 山道を進んで正面に入母屋造の本堂前に到着した。  「正大悲閣」の大きな扁額があり、内部は手前の向拝が土間のままで奥が外陣、内陣がある。  境内に「菊水の井」という井戸があったことから寺名になったという。  本尊の聖観世音菩薩像は一木造り、一材の立像で藤原時代の作と伝わる。  そのほかに本尊を模したもう一つの聖観世音菩薩像があるが、これは室町時代の作らしい。

本堂内部の左右に「子がえし」、「孝行和讃」という大きな絵図が掲げられている。  江戸時代にあった間引きを諫めたもので、「孝行和讃」はお寺での読み書き、すなわち寺小屋のことである。  納経印を貰い境内に出ると自転車は無く若者は出発したようだ。  話を聞きたかったが残念!

 
庫裡


本堂

次は34番札所水潜寺ですが、時間が丁度12時になった。  菊水寺の納経窓口に「正午から午後1時までは納経受付しません。」と張り紙があった。  これに気が付き時間を確認すると丁度正午前で危うかったと思った。  四国自転車遍路では考えられなかったが、秩父三十四観音霊場ではお昼の時間帯はご朱印を貰うことができないと知った。  今まではお昼の時間帯を考えたことが無かったが、今回は妻も同行してるから13時以降に水潜寺に訪問することにした。

そして昼食の時間を確保しなければならない。  菊水寺の先に道の駅龍勢会館があるから、そこに向かうことにした。  龍勢会館には秩父事件の資料館があります。 妻に巡礼に同行してもらったから予定では道の駅の農産物直売所で買物をして併設のレストランで昼食をとります。

道の駅龍勢会館



農産物直売所と併設のレストラン

道の駅は妻の楽しみの一つです。  食事前に秩父産の農産物直売所で買物します。  この時、我が家のしきたりは私がかごを持って妻の後について行く!  妻の買物は普段のストレスを発散してるかの様に感じる。  みるみる籠はいっぱいになった。  巡礼最終日に秩父産の農産物を購入し車のトランクへ、そして併設のレストランに向かった。  妻にちちぶ蕎麦とシャクシナのシャキシャキ感が美味しかったと話したが、ここには無かったので山菜のテンプラを添えることにした。  食後に感想を聞いたら蕎麦が細く、こしが無かったので今一だと聞いた。  以前、山形で板蕎麦を気に入っていた事を思い出した。

 
地産の新鮮な農産物


龍勢会館

道の駅龍勢会館から最後の34番札所水潜寺には来た道を戻る形になる。  再び赤平川に沿って走り秩父鉄道の皆野駅方向に走行。  大渕交差点を左折して蟹沢橋を渡ってすぐ左折し、根古谷橋を渡る頃、自家用車が多くなる。  暫く走ると左手に「満願の湯」の看板が見えた。  ここが秩父で有名な冷鉱温泉満願の湯だ。  広い駐車場に自家用車が数多く駐車していた。  連なって走っていた車が駐車場に吸い込まれていく。

この先は私達だけの車両になった。  満願の湯を過ぎると途端に道路が狭く凸凹になった。  小川に沿って少し走ると、34番水潜寺の案内板を見つけた。  案内に従い駐車場に車を入れ巡礼の支度をして水潜寺に向かう。

 
駐車場から見える景観(民宿のようです。)


水潜寺入口

 
参道を登ると…


…二手に分かれる。

34番札所水潜寺は秩父34霊場、西国33霊場、坂東33霊場の日本百観音霊場の結願寺として、巡礼者が打ち留めの札と笈摺を納める寺です。  観音堂は大きな流れ向拝をつけた六間四面の方形造りで、一本造り室町時代作と伝わる千手観音、西国をかたどる西方浄土の阿弥陀如来、 坂東をかたどる東方瑠璃光世界の薬師如来が祀られ、日本百観音結願寺の特殊性を出している。
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■第34番札所 日沢山 水潜寺■
     宗 派: 曹洞宗
     本 尊: 千手観世音菩薩
     開 基: 
     創 建: 
     真 言: おん ばざら たらま きりく そわか




二手に分かれる参道は右方向から境内に入り、左方向は帰路に利用する参道です。  右方向に山の静寂な谷間に沿って進むと左手に六地蔵が鎮座している。  その先を進むと、まっすぐな一本道は破風山の札立峠に向かう古江戸巡礼路になっている。  この岐路の石段を上がると観音堂が見えてきた。  下から見上げるから六間四面の観音堂は大きく見える。

 
快晴だが谷間の薄暗い参道


後で知ったが休憩処(左上)

 
さらに二手に分かれて石段を上る。


六地蔵

観音堂は1789〜1800年(寛政時代)に江戸在住の人々の寄進で再建され破風山の麓の景観に溶け込んだ相応しい堂宇です。  観音堂の右奥に岩壁があり清水が湧き石仏が祀ってある。  苔むした水鉢に溢れる長命水が、山の冷気を感じさせてくれる。  岩壁には自然にできた岩屋があり、この中に入って俗世に戻る習わしがあるという。  現在は落石、落木があり危険!  被害に遭っても自己責任でと立札があった。  手前に「水潜寺水かけ地蔵」が祀られ「地蔵さんの頭上よりお水を三杯かけてお願い事を三度お唱えください」と案内板がある。

 
観音堂(本堂)


水潜寺水かけ地蔵

観音堂で蝋燭に火を、お線香に灯して観音堂前で納札に記入する。  納札箱に入れて鐘を打ち秩父巡礼34霊場を無事巡礼の感謝し、開経偈から読経を開始。  秩父巡礼で読経の練習を始めたが、とうとう自分の物にしたという感じで読経できる喜びがある。  谷間に声が木霊するようだ。

観音堂前から隣の讃仏堂(庫裡、納経所)に向かった。  中に入ると左側にお賓頭盧様が座している。  妻が自分の悪い所を撫でている。  お賓頭盧様のアチコチがピカピカだ!  納経所では若いお弟子さんが待機している。  冬季には5q川下の大通院で納経するという。  今日は日曜で滞在しているとのこと。  秩父札所について聞くと、観光化した四国遍路より素朴な巡礼を味わえると話してくれる。  話の途中から話好きの妻が割り込み和やかな談笑となった。  私一人ではこうならない!

堂内右側に子育て観音像が子供を抱いて座している姿の像がある。  子供の無事成長を祈願する人も多いようだ。  柔和な表情の観音様はどこのお寺でも見かけるが、その姿はまさに母親だと思う。

 
観音堂


讃仏堂(庫裡、納経所)

 
讃仏堂の扁額


讃仏堂内の子育て観音

讃仏堂から離れた位置に百観音結願堂が建立されている。  讃仏堂前に百観音御砂と彫られた足形があった。  私はまだ達成していないからその上に立つ事は出来ないが、ここで西国阿弥陀如来、坂東薬師如来、秩父千手観音の三体のご本尊を拝観することができる。  生きている間に達成できればいいなと思う。  隣に仏足堂という堂宇があり、これは仏の遊行教化を表現したもので尊いものと教えてもらう。

 
百観音結願堂


仏足堂

 
百観音御砂


この映像は百観音御砂から百観音結願堂、讃仏堂、観音堂を撮影した。
水潜寺は境内が岩壁に沿って細長い境内に建立されている。
 
百観音結願堂の後の岩壁に沿って秩父観音霊場の七観音像が祀られている。


柔和な表情の観音像

 
ご朱印を戴いた帰路には三十三観音像が並んで祀られている。


水潜寺の道路に出て日差しの強い景色を見ることができた。  世俗に戻った感じだ!

現在13時40分。  合計5日間かけて秩父三十四観音霊場を巡礼できた。  計画では6日間だったが最終は妻が同行してくれて1日短縮できた。  無理して短縮したわけでなく、妻が巡礼を理解した様で一挙両得。  有難い事です。  \(*^_^*)/

無事故で自宅に向かうが、ナビが皆野寄居バイパス経由で関越道を指定した。  時間に余裕があるから皆野寄居バイパスは使わずお世話になった国道120号線を利用して花園ICに向かう。  それほど混雑なく明るいうちに無事、自宅に到着した。(感謝!)



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