◆新潟上越 春日山城址を歩く◆ 春日山の頂上には本丸と、もう一つ、天守台があります。規模は小さいが本丸と同じ高さであり、それでも名前のように立派なお城があったわけでなく、この時代は戦国時代ゆえ砦のような建物だと思います。

撮影場所を探していると、大きな樹の処でスケッチしている中年の人に出逢いました。山々の名前や頚城平野の解説を丁寧にしてくれてとても有難かった。
本丸の隣に天守台があります。


天守台の景観です。広くはありません。

私達への解説が終わると、山口県から来た同年代の夫婦へ同じ様に解説を始めました。
妙高高原の山々の景観です。


ちょっと望遠で山々を楽しみましょう。

旅に出ると色々な事を体験できて、楽しみが倍増します。
さらに一番高い積雪した山を望遠で…


日本海、頚城平野の景観も楽しめます。

暫く休憩してから史跡めぐりを楽しみましょう!この後は本丸跡の向こう側に足を進めます。
本丸直下にある大井戸


大井戸は涸れる事がないと書かれてありました。

本丸の西斜面は人の侵入を阻んでいるような急斜面で滑ってしまうところから「油流し」と呼ばれています。
大井戸をのぞいてみると確かに…


「油流し」…登らないで下さいと案内がある。

このあたりは地形が複雑で道も複雑に回りこんでいます。
大井戸を下ってそのまま登ると、右の写真。


鐘楼跡と云われ、当時、時間や伝達に使われていた。

鐘楼跡の台地の周りを道が周回しています。
鐘楼跡を降りて、コースに沿って景勝屋敷跡へ向います。


謙信公の跡を相続した上杉景勝の屋敷跡です。

景勝の屋敷跡を下ると、御成街道という城址内に基幹道路があります。





御成街道を更に進むと柿崎和泉守屋敷跡まで進みます。
ここを登ると景勝の屋敷跡です。


御成街道…時の関白近衛が越後に下向した時に造られた。

大河ドラマで、兼続が桑取衆を味方に引き入れる為に下った桑取道にも続いています。



越中(富山)方面の砦の要所に通じている。

案内板の反対には柿崎和泉守屋敷跡の説明がありました。
この一帯は城内でも水濠か池があったといわれています。


柿崎和泉守屋敷跡から御成街道に戻ってきました。

御成街道を戻ってさらに進むと二の丸跡に下ってきました。
上方には本丸が確認できました。




二の丸は本丸、天守台、諏訪堂、毘沙門堂などの上の城郭群の東側を取り巻くように城郭が造られていました。
案内板の裏側には笹井戸も存在して、古絵図には台所と記されている。


二の丸跡の全景です。

二の丸直下には土塁跡が見られます。ここを下りて行くと三の丸方面に続きます。



土塁跡の傍の食料貯蔵庫の広場で昼食をとり、一息つきましたが、本丸のベンチで昼食をとればよかったと後悔しました。熱中すると飯は後回し…空腹感で昼食を取り忘れたことに気がついた。

左側のこんもりした所が土塁跡。


土塁跡に囲まれて、食料の貯蔵庫があった所。

食料貯蔵庫の反対側には三の丸があり、ここが景虎の屋敷跡の説明がありました。



景虎の屋敷跡へ続く道。

三の丸の屋敷跡の中の一番奥に、景虎の屋敷跡がありました。



三の丸跡から、上方の本丸跡が視認できます。

三の丸を下りると、信玄のキツツキ戦法を阻止した勇将の甘糟近江守の屋敷跡がありました。



甘糟近江守の屋敷跡を出てこの道を行くと、謙信の銅像のある駐車場へ戻りました。

謙信の銅像の前で、しばらく休憩!喫煙も美味しかった。妻のデジカメは200枚以上撮影したようで、嬉しそうにデジカメを操作していました。  この後駐車場に戻ると、満車で道路に駐車待ちが数珠つなぎの状態でした。美味しい謙信公の御前清水を飲んで1km先の林泉寺に移動しようと思います。


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