◆宇和島城◆ 現在見られる天守などの建築は伊達氏によるものであるが、縄張そのものは築城の名手といわれた藤堂高虎の創建した当時の形が活用されたと見られている。五角形平面の縄張りは四角形平面の城と錯覚させる高虎の設計で、現に幕府の隠密が江戸に送った密書には「四方の間、合わせて十四町」と、誤って記された。城を囲む五角形の堀は、高虎の後の大名にも代々受け継がれたが、現在は堀も海も埋め立てられている。
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本丸の見学の後に、藤兵衛丸にある、城山郷土館に行きました。



城山郷土資料館の入口

昭和41年、伊達家から譲渡されて、城山内に移築され、郷土館として一般公開しています。
和太鼓


身分の高い人の乗る駕篭

触れない事を云われ、カメラは許可していただきました。
昔の生活用具


昔の商屋の帳場

民俗資料や宇和島城の古写真などが展示してあります。





明治、大正時代のもあり、郷土の雰囲気を味わう事ができます。





受付で記帳を頼まれ、私達だけでしたので案内の方に説明をしていただきました。





郷土資料の事だけでなく宇和島の自然の豊かさも教えていただき、次回の訪問時に期待します。
はたおり機


右にある、枡の種類の多さにビックリ!

資料館は元々三の丸(私達の車両を駐車した所)にあったものを移築した。
木造とは思えないほど綺麗に修復された資料館です。


城郭内、この先は本丸や井戸丸への道。左手に資料館入口、右手の高所が二の丸です。

再び、城郭内の散策になります。案内図で長門丸といわれる方向へ、そして宇和島城の搦め手口まで下りて行きます。
雷門跡は城番屋敷(城山郷土館)への入口の門です。


雷門跡を下りてゆきます。

ここからは振り返りながら撮影する事が多くなります。ちょっと違和感があるかもしれません。
さらに下りた長門丸から雷門跡方向の景観です。


下から見上げた雷門跡の景観…結構落差があります。

藤兵衛丸(城山郷土資料館)から、上り立ち門(搦め手口)まで緩やかな下り坂が続きます。



道端にトカゲがちょろちょろ…

石垣には鬱蒼と生い茂った草木が見られ、弓矢の材料になる竹林も広い範囲で生い茂っていました。
この上が代右衛門丸です。


この上が式部丸で井戸もあります。

代右衛門丸と式部丸と呼ばれる所の下を通ります。



上り立ち門(搦め手口)から入ると城郭の案内図が見られます。





上り立ち門(搦め手口)から登り口の階段があります。

上り立ち門(搦め手口)は県の重要文化財に指定されていました。
上り立ち門(搦め手口)の正面です。


宇和島城に限らず、多くの市民がジョギングや散策路として楽しんでいるようです。城内の散策は皆さん体操着がびっしょり汗でぬれてます。体力造りに励んでいるようです。私達も汗まみれになりましたが、水分補給をしながら楽しい歴訪になりました。

この後、駐車場まで城郭の外側の道路を周遊しましたが、鬱蒼と生い茂った林に遮られて、本丸天守は見る事ができませんでした。
今回の旅のプランは妻が四万十川の川下りをぜひ体験したいと希望があり、休憩後は一路、四万十川へ向います。WEB作成もここで一段落して、更新したいと思います。次の四万十も楽しみにしてください。
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