◆高知城本丸へ(U)◆ 戦国時代以前は大高坂山城と称し、城郭の形式は梯郭式平山城。高知平野のほぼ中心に位置し、鏡川と江の口川を外堀として利用している。現在見られる城は、江戸時代初期に、土佐藩初代藩主、山内一豊によって着工され、2代忠義の時代に完成した。4層6階の天守は、一豊の前任地であった静岡の掛川城の天守を模したといわれている。  ……フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

杉の段から仰ぎ見る三の丸の石垣は修復工事中でした。
修復中の高い石垣には石樋も見れます。


ここから天守がはっきり視認できるようになりました。

三の丸は築城のとき盛り土して追加した城郭だそうです。
手前は修復中の三の丸の工事の囲いです。


狭間塀があると天守が堂々と引き立つ景観です。

鉄門跡…
杉の段から三の丸を通り過ぎて、石段を登ると、石垣の修復跡が残る鉄門跡にたどり着きます。この門は鉄板を張り付けてあったのでその名が残りました。

石垣の修復跡が見れました。


鉄門内は小さな桝形になっていて、防御しやすい形になっていました。

鉄門跡から、戻って二の丸と本丸を繋ぐ、珍しい詰門が国の重要文化財になっていました。
詰門の下は、塩櫓といわれ、上部は二の丸と本丸を繋ぐ廊下になっていました。


詰門からみる天守…狭間塀が天守を引き立てています。

詰門から再び鉄門跡まで登城します。ここから見る本丸は格別です。堂々として見えました。
ここをちょんまげで歩いても不自然ではないな!


天守最上階の修復中のカバーが残念でした。

鉄門跡を曲がって二の丸への最後の石段を上がります。
石段の傾斜角が変化してるのがわかりますか?


二の丸へ到着!本丸への詰門の上部です。

本丸への詰門の上部は本丸への通路で、侍の間、中老の間、家老の間があり、本丸を警護する武士の詰め所があります。
二の丸から見る本丸は、今風に言うと、かっこいい!


詰門とその奥の廊下門、多門櫓が繋がっています。

9時開館で、只今10分前です。二の丸の撮影に丁度よく付近を散策しました。高知市内の景観は天守から楽しみましょう!
二の丸にある庭園です。


二の丸から見える詰門の景観です。

こうして見ると、詰門の役割は城郭防衛に非常に重要な役割を持っています。
開館前で、誰もいないのでお先に撮影を済ませました。


床の間まであるから、昔は独立した間が続き、本丸への通路はもっと狭いと思いました。

詰門は本丸廊下門と繋がっていて、複雑な櫓の連続です。これすべて国重要文化財で驚きました。
詰門出口…本丸入口


詰門出口と廊下門です。

本丸に入るとこれ全て、国重要文化財…国宝ですョ!
さっそく記念撮影!


天守は石垣上になく、正殿と繋がって建てられています。

ここまで来て、城郭の撮影に夢中になって、記念撮影は皆無、さっそくあっちこっちで記念撮影をしました。念願の高知城に来てよかった瞬間が今です! 来年のNHKの大河ドラマは「坂本龍馬」少しだけ先取りした思いです。
inserted by FC2 system