◆岡山城◆  宇喜多直家によって築城された岡山城は、関が原の戦いの政変で西軍から東軍へ寝返った小早川秀秋が入城した。その後の岡山城にまつわる伝説には、なぜか毒殺、暗殺といった陰惨な事件が多い。小早川秀秋は武将から白眼視され、裏切りの後遺症で乱行に走り、早死にし、小早川家は無嗣絶家となった。

天守からの景観を楽しみました。天守の最上階はこんな感じの部屋です。
天守の最上階


ここは5階で、宇喜多時代の歴史が紹介されています。

岡山城の成り立ちや出土品などが展示、説明されています。





岡山城の七不思議が屏風に記されていました。「対面所の怪談」「蓮華石」「烏城のいわれ」「抜け穴の正体」「本丸の大火」などがあります。



波乱の生涯「宇喜多秀家」。数奇なる半生「小早川秀秋」

刀剣や甲冑も展示されていましたが、撮影禁止と言われてこれまで…





 





ここは城主の間で、江戸時代の武将や殿様、お姫様などの装束で記念撮影ができる処です。鼻の高い欧米人がこの装束を着ると物凄く違和感がありました。
城主の間が再現されています。




休憩処で一休み!館内は冷房が効いて休み概がありました。ベンチに腰掛け水分補給。泡の出る飲み物が欲しいです。





こちらでは城下町の様子が再現されていて、いろいろ楽しむ事が出来ます。





職人や商家、両替商などの店が再現されています。





撮影はストロボ禁止で撮影したので身体をできるだけ固定して、ブレが少なくしたつもりですが、一部はピンボケでした。(WEBでは使っていません。)





 





城内の見学が終わり外に出ると陽光が眩しい! 付櫓の塩蔵の脇を通って中段の城郭へ下りてゆきます。





   天守閣の石垣…
   五角形の形の石垣群は築城されてから城主が変わるたびに修復や改築が繰り返され、所々、石垣の積み方が
   変わっていることにも歴史の流れを感じる事ができます。

本来、この通路の上は塩櫓から廊下門まで多門櫓で繋がっていたそうです。
日常、天守へは廊下門から塩櫓を経由して出入りしていたようです。






塀を下ると廊下門際に出てきます。



搦め手門としての廊下門

廊下門から見上げた納戸櫓跡高石垣にある土塀は模擬で本来は廊下門から続く多門櫓が繋がっていた。
この石垣は1620年の時代に造られた。




蛇行する旭川に架かる橋は月見橋といい、対岸が後楽園です。旭川は本丸を囲むお濠の役目をしている。
本丸下段から見た月見櫓




午後3時頃になり、日差しも低くなりました。この後は月見橋を再度渡り後楽園に入ります。本丸の下段の処や、せめて二の丸は見てみたかったが時間の制約でカットしました。私はお城を、妻は後楽園を、時間は半分ずつに分けて観光します。
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