◆二重櫓と城郭探訪◆  二重櫓は国重要文化財です。二層二階の櫓で、天守の裏手にあり、後方支援櫓として搦手門へ繋がり、臥牛山の相畑城戸、天神の丸、大松山城へと続く城郭の中継部分の役割をしている。

 
二重櫓から腕木御門を撮影。


二重櫓 国重要文化財

 



   二重櫓の映像です。そしてこれが鉄板で覆われている門扉です。出入り口はここと反対側にあります。後で確認に
   行きます。土塀が高くて城壁下が見渡せないので、やむなくカメラを土塀の上に出して何枚か撮影した中から、良く
   捉えている映像を選びました。結構、高低差がある急斜面でした。

本丸広場に戻り、南御門を出て、二の丸内を回り後曲輪に向かいます。



   臥牛山には野生の猿が生息しており建造物に登り壁や瓦を破損させるなどの被害が出ていた。このため平成の復元
   整備の際に、主要建造物の周囲に高圧電線の柵を張り巡らせ侵入を防止する対策を施している。

 
本丸東御門の外側からの映像。


本丸東御門から見る復元本丸土塀

本丸の高い石垣を回り込み奥へ進んでいきます。



遠ざかる本丸東御門

 
石垣が岩盤に変わりました。


岩盤上に高石垣が…

   搦手門曲輪は臥牛山の相畑城戸、天神の丸、大松山城へと続く石垣で囲まれています。そのまま真っ直ぐに進むと
   後曲輪に入ります。先着者がいて盛んに撮影をしているのが見れました。

 
搦手門曲輪




 
搦手門石垣


十の平櫓

   後曲輪には九の平櫓、十の平櫓、水の手門があります。九の平櫓は二重櫓の後方配置のようで、十の平櫓は水の手
   門を確保する位置にあります。そこには番所跡もありました。

 
番所跡


後曲輪

二重櫓を九の平櫓、十の平櫓、水の手門の位置から撮影して見ました。本丸天守に劣らず、この絶壁の上によく造ったもんだと驚嘆しました。









 



   後曲輪から腕木御門を撮影しました。曲輪からは急峻な石段を登る必要があります。本丸の周囲には猿などの獣害
   から避けるために高圧電線が張り巡らしてありました。またここから搦手門方向を眺めると急な傾斜なのが良く判り
   ます。

近世備中松山城の復古図で見ると、山頂の一片が本丸になっているのが良く判ります。



帰路に、二の丸から黒門跡方向を下りの視線で撮影して見ました。

 
厩曲輪では二の丸の石垣群を撮影。


黒門から三の丸への登城口はここが急に狭くなっています。

  岩盤崩落の危機…
   平成11年(1999年)から高梁市教育委員会は京都大学防災研究所と共同で、岩盤斜面にペルー・マチュ・ピチュ
   遺跡で使われている地滑りの観測機器と同様のもので、不安定岩盤斜面監視システムを設置し、調査観測してい
   ます。

 
三の平櫓東土塀(重要文化財)を上方から撮影。



大手門口を出て下りの付近を撮影。


岩盤崩落の危機

ふいご峠の駐車場に戻ってきました。タクシーが到着して下りてきた老婦人を見た時は足元の靴がハイヒールには驚きました。一緒に下りてきたグループの人がそのシューズでは危ないかも?と、十分注意して往復するように話していました。



備中松山城の絵図面案内図

帰路はタクシーが下りていくのを待って、その後を付いて下山しました。時は午前10時ごろです。この後は高梁市内で御根小屋跡の高梁高等学校、武家屋敷の街並み、庭園の残る頼久寺などを車で通過しながら見て回りました。日差しの強い夏は老体にとって、十分注意しなければならないし、体力的にも疲労感が出ていたので観光だけに留めました。高梁市内で武家屋敷が判らず、地元の人に聞いたら判らず、その方が医院の人に聞いてくれて、教えてもらった時は親切さにありがとう!嬉しかった。また来るチャンスがあれば街中をのんびり散策したいものです。
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