■ 福山城歴訪 ■

金曜日の夜半に自宅を出発。環八は工事で渋滞があり、東京ICに入ったのは午後10時過ぎでした。 ここから一路、東名道を走る。広島には40年間数え切れないほど走ったが、 高速道路網が出来てからは多少楽になった。 日本平、桂川PAで休憩し岡山の吉備SAで2時間ほど仮眠。 毎回午前4〜6時頃に大阪圏の早朝の渋滞にかからない様に通過すると大阪以遠は楽になる。


吉備SAから1時間少しで福山城博物館へ到着!早朝の専用駐車場へ…現在8時半。 駐車場は福山の歴史博物館、美術館、公園の駐車場で公園の芝生には親子連れが早朝の散歩を楽しんでいた。

駐車場

福山美術館
駐車場から見える天守

福山城への階段(三の丸から二の丸へ)

福山城…近世城郭で最も新しい城で備後福山藩として1622年に完成。 形式は輪郭式の平山城で二重の堀や瀬戸内海へ抜ける運河があり五重の天守と7基の三重櫓を有する大規模な城郭だった。 彦根城などとともに国宝だったが本丸を除き大半が市街地と化すなど遺構の破壊が進み、 大戦の空襲で天守も焼け石垣も本丸と二の丸の大部分と三の丸のごく一部に残り、 櫓は1基が現存するのみとなった。 三の丸南側はJR福山駅が東西に貫き新幹線や福塩線のホームから間近に本丸を望むことができる。 日本100名城のひとつです。

駐車場から福山城への階段を登り、二の丸を横切る形で小さい門からいきなり本丸に入ってしまった。 本丸入口にある福山城の案内板をよく読むと天守はコンクリート製の復興です。また戦前の形と若干違う。

本丸の広場から朝日を浴びる天守

天守の鯱


入館し各階を見学。1階の常設展示場は江戸、明治時代の物が展示。 甲冑は他から提供されたものや当館の所有のものなど様々です。 江戸時代の儒者の書蹟、絵画、刀剣、陶磁器、灯火具、服飾品、民具など多くの展示品があった。

家康と水野勝成の蝋人形が…

腰につける矢筒や肩にかける矢筒、陣笠

江戸時代の甲冑



阿部正邦と水野勝成の像と福山城の鯱

江戸時代の甲冑

江戸時代の甲冑



岡倉天心像

右側の映像から2階の展示場になる。 ここでは江戸時代の阿部藩の展示になり、藩主の書画、愛用品、書状、文具類などが展示されていた。

平櫛田中作の中国の仙人像







水野勝成像と当時の天守瓦

3階は江戸時代の水野藩の展示物になる。 水野藩時代の古絵図、古寺院資料、野々口立画筆蹟、家紋入り膳椀、伏見御殿板襖絵などが展示されていた。

江戸時代の食卓

福山城の絵図

水野藩時代に神社に奉納された太刀

日用品

創建時期の瓦など

4階は中世の福山の展示物になる。 草戸千軒町遺跡出土の陶磁器などが補修して展示されている。 最上階は展望室になっていて福山市内全域が見渡せる。
また西北隅に御調台と呼ばれる床の間があり神棚があった。 その部分が現在の天守でも再現してあった。





最上階を再現




最上階の西北隅に御調台と呼ばれる床の間

最上階の展望台は全国の名城パネルの写真が掲示され、西側だけ座敷が再現。 外側に外縁があり外に出ると福山市内の四方が見渡せる。 天守は昭和41年に復元されたとパンフレットに記されてるが、 昔の写真と比べると形が違って復元と云うより復興された城と考えた。

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