◆福山城二の丸を散策◆  筋鉄御門の大手筋にあたる鉄御門は伏見城から移築された鉄張りで格式の高い門であったが、福山駅構内となり痕跡は全くなかった。本丸以外は一度、民間所有地になり民家が立ち並んだが、国の史跡に指定されると買収されていった。しかし遺構は残念にも残っていなかった。

大手筋の筋鉄御門を出て二の丸から三の丸へ下る石段を降りて行くとJR福山駅の構内と道路に出ました。
この石碑からJR構内のエリアが大手筋の鉄御門があったところです。

右の映像は石碑の処から上の二の丸を見上げた景観です。



そして石碑から下りてきた石段を振り返った景観です。この付近では城郭の石垣が綺麗に復元されていて、またお城を取り囲む白亜の城壁が美しく、駅からも素晴らしい景観を見ることが出来そうです。





下の石碑から上にあがって二の丸の散策をします。二の丸のこのあたりは帯曲輪のように狭いが北側は広く江戸時代には幕府預かりの米蔵があり、長州藩が困窮した時に拠出したとも云われています。
城址とJR福山駅


大手筋…筋鉄御門(右)と伏見櫓(左)

ここが福山城の一番の見所です。筋鉄御門、伏見櫓とも唯一の国重要文化財です。残念ながら両者とも中には入れませんが、景観は最高でした。
下方から見上げた筋鉄御門


大手筋の坂上御番所跡から見上げる伏見櫓

さすがに歴史を感じさせてくれる伏見櫓は天守の代わりをしてもおかしくないような立派な建築美でした。











大手筋から二の丸の散策を再開します。ここから東方向へ行くが幅は狭く大きな櫓は少なかったようです。








坂上御番所跡から伏見櫓を撮影。

二の丸を少し行くと左側の本丸石垣上に奇妙な建築物が目につきました。

建物は清水寺のように石垣から建物を突出させた懸造の展望室と湯殿(蒸風呂)で構成され、国宝に指定されていたが、戦災で焼失し、再建は模擬的なものとなっているようです。

いろいろ城址を見てきたが初めて見る景観でした。




 
更に進むと城壁から樹木が突き出ていたりして、珍しい景観でした。
そして角には本丸の月見櫓が重厚の構えを見せてくれるが、歴史観は無かった。




更に東側の城壁を回ります。東側にも東坂口御門がありましたが現在は支柱だけの簡素なものです。
月見櫓、鏡櫓と続く多門櫓は模擬塀で囲われています。


東側の東坂口御門跡

東坂口御門跡の前を二の丸の帯曲輪に沿って、天守の北側方向へ移動しました。
東坂口御門跡の三の丸方向の景観です。




   

この辺りから本丸天守下の二の丸は広くなっていて、戦後、一時期は鳥の檻があったが、取り壊して水野勝成像を建立したと聞きました。
昔の像は本丸内にあり、戦時供出されたという。


1978年に建立された水野勝成像

 
水野勝成像から見た天守


早朝でもお爺さんが柔らかい土の上でジョギングに励んでいました。

天守礎石…空襲で焼失した天守に用いられていた礎石で二の丸北側に復元されていました。
私的にはこの景観が好きになりました。


天守と天守礎石(下)

天守北面の下段は比較的広い敷地があり城米蔵と云われる幕府から預かった兵糧米(城詰米)を収める蔵が建ち並んでいたが、現在はテニスコートや福寿会館などの文化ゾーンになっていました。
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